四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ

MATAEMON'S THINKING BLOG

数時間の睡眠後、早朝起床。今日が本格的活動日になる。

 

 

まず朝7時 朝食前にナーセリーのオフィスでモーニングミーティング。

本日と明日の活動予定と今回のビジネスの方向性の確認。

 

 

8時30分から近くのレストランに移動し、朝食をとりながらも、打ち合わせ。

 

 

その後戻り、まずは自生しているところを散策。レアものやユニークなものを探しに行くことになる。

 

まずは、ディクソニア アンタルクティカが多く、自生する場所へ。
専門の方なら、ご存知の人も多いかもですが、日本国内に輸入され、流通している木性シダは、ほぼこの品種と言っていい。別名 ソフトツリーファンなどとも言われている。

 

この種の特徴は、ベアルートで入荷させても、発根、活着しやすいと言われているため、手がける輸入者も多いと思う。昨年の私たちの入荷テストでも発根している。

 

ただ現地に行かず、日本にて購入できるものには、私自身個人的にも興味が薄いし、日本のカスタマーも、私とパートナーシップをもっていただいている意味がないと思うので、何か面白いものがないかと探索。

 

早速自生地に足を踏み入れてみる。そんなに険しい道のりではないが、国内の整備されたナーセリーとは当然違う。

途中で野バラのつるに足を引っかけられたり、ヒルにくっつかれたり・・・。

日本であれば蚊に刺されただけでもネガティブであるが、ここではそんなな状況であっても興奮しているためか全く痛みは感じない。それどころかさらにエキサイトしてくる。

 

 

そのような中。日本ではないであろうユニークなタイプのもの実際にいくつか探しあててきた。早ければ今春には届くであろう。是非続報を楽しみにしていただければと思う。

 

続いて他の種のものを・・・

 

 

これはキャティア オーストラリス。この発音では通じず。サイアスィアと言った方がいいみたい。別名 ラフツリーファン。

 

遠目には、ディクソニアとほぼ同じ。一般の人なら、間近にみても違いを感じられないほど。

 

でもこれは品種の違いではなく、植物の分類自体が違う種であり、輸出にはクリーニングなどの手間が多くかかる。また輸入後の発根などの管理が難しいので、輸送にテクニックが必要である。

 

さらにワシントン条約の規制対象種でもあるため、手続きも煩雑になってくる。

それであれば、わざわざそのような多くのリスクを抱えてまで輸入する必要はないであろうと思うであろう。

 

でもこの種はディクソニア アンタルクティカに比べ、多くの欠点こそあるが、とても大きな利点がある。それは、ディクソニアが直射日光には、弱いのに対し、発根活着すれば、直射日光にも強いという屋外管理や庭植えにするのはとても大きな利点があるからである。これなら格段に活用範囲が広がってくる。

 

それら以外に、次のこのような品種のものを、自生していたり、ナーセリーで管理していたりしているものを見せていただくことができた。

 

Dicksonia(ディクソニア)では

 

 

Cyathea(サイアスィア)では

 

 

これらのように幹が黒光りするもの。ゴールドに輝くもの。シルバーに輝くものなど。
この中には、かなりのレアものがある。

 

シルバーのものは、葉を裏返すと、裏白の様にシルバーに光ることから、原住民が、裏返した葉を山道に敷き、道標がわりに利用をしたとのことであった。またニュージーランドのオールブラックスなどの紋章にも描かれているとのことを教えられた。

 

この中から厳選したものを、1年以上かかっても良いので、慎重に養生し、最善の輸送手段をとって、輸入をしていこうと思っているので、ご期待いただければと思う。あ

 

さらに進み巨大なツリーファーンに勇気と力を充電し、遅めのランチも兼ねて、近くにあるパークへ移動した。

 

 

 

今まではツリーファーンの下もしくは横を歩いて来たのだが、今度は上からディクソニアを見てみた。私たちは間近に触れて、見ることができても、このように上から見ることはここでしかできないのではないだろうか・・・。
天に向かって雄大に葉を広げる姿の美しさは、文明のないころの人たちには、許されなかった天のみぞが観ることができる素敵は光景であったのであろうと感じた。そしてそんな素晴らしい光景にしばし心を奪われたり、好奇心をあおられたりで、多くの時間を費やした。

 

そして、夕方からディナーに向かう。夕方と言っても日没が21時ごろなので、日本では十分、夜と言える。

 

ナーセリーから車を走らせ、港で、、さっと食事を済ませ、Great Ocean Roadの絶景にわずか10分程度であったが滑り込みセーフでギリギリ身を置くことができ目に焼きつかすことができた。

 

その景色の素晴らしさを伝えるには私の下手な文章や言葉はいらないと思う

 

 

もっと素敵な光景を見たい方はネットで観ていただければと思う。

Twelve Apostlesという名所であるが、本当に素敵であった。

 

しばらくして日没を迎え、ホテルに戻り、明日最終日のための準備を行った。日没が遅いためと、やるべきことも多く、気が付けば今日も2時をまわってしまっていた。

 

とうとう明日は最終日。残された短い時間で多くのことはできないが、簡単に来ることができる場所ではないので、できるだけることを伝えて行ければと思う。

 

おやすみなさ~い。

シドニー到着後、国内線でメルボルンへ移動。

 

空港にはバージンエアでCAをつとめてられているKaoriさんが、迎えに来てくれていた。

 

Kaoriさんは昨年、ブリスベンのナーセリーとの契約に際し、私の語学力では、あまりにも足らないので、お手伝いいただいた方である。今回、メルボルンでの通訳が見つからず困っていた私を見かねて、わざわざブリスベンから、空路メルボルンに来ていただき、ナーセリーまで同行いただけることになった。本当にありがたい話である。

 

そして、迎えに来ていただいている今回初めて訪問するナーセリーの方々と合流し、挨拶を交わすや否や、早速車に乗り込みナーセリーへと向かった。

 

車の中では、初めて会う者通しでも、植物を愛する者同士であるのと、互いの期待感から、とても会話も弾む。

 

 

まずは、ナーセリーまで向かう道中の港でランチタイム。

 

 

 

さすが港での食事。新鮮な魚に、オーストラリアならではのボリューム。

ちなみにこの写真の料理はメニューには2~3人前と書いてあったが、結局6人でちょうどいいぐらいであった。

 

食事中も、陽気なナーセリーの方々との話は途切れることはない。両方の言葉を話さなければならない通訳のKaoriさんは、当然私たちの2倍の量をはなさなければならない。
本当に申し訳ないと思いながらも、初めて会った私たちの会話が途切れることはなかった。

 

そしてランチを終えて、17時ごろナーセリー近くの、宿泊するコテージに到着した。

そこで前の森へと少し案内をいただいた。

 

そしてニヤニヤした面持ちで差し出された木の葉を食べてみると

 

 

辛い!本当にペッパーのようである。こんな葉があるのだと驚かされた。他にも昔、靴紐にしていたらしいつる植物等を教えてもらい、山歩きを楽しませてもらった。

 

 

ここでナーセリーの方は、水遣りの準備で一旦、事務所に戻ったので、その後のディナーに行くのための再度ピックアップを待つ間に、コテージにある広場で、しばし動物と戯れた。

 

そして、長旅で少し疲れていたけど、愛嬌のある彼らのしぐさで心が和む。植物も良いが、動物もまた良いものだと感じた。

 

そうこうしているうちに、お迎えに来ていただけので、ディナーのため近くのレストランへと向かった。

 

 

今日のディナーはカツレツ。ドライブインのようなお店であったが、とても美味しかった。

 

ディナーの間も色んな話が弾む。さらに明日への期待感が膨らませながら、部屋に戻り、今日の打ち合わせの整理と、明日の準備をして、深夜やっと眠りについた。

一昨日 極寒のロシア ハバロフスクから帰国し、一転、今日は真夏のオーストラリアへ向かう。

 

恐らく両国の気温差は60℃ぐらいあるのではないかと思う。

 

足して2で割れば、ちょうど日本の気候になる感じ。
ただそんな簡単にお湯をさますような感じで調整ができればいいのだが・・・そんなことできる訳ではない。

 

今回の少し気温の変化に体調を崩さないか心配であったが、少し足らないことが多い私には、見た目と体調に関しては現地順応能力が備わっているのか、メンタル部分を除けば問題はない。

 

今回は、代理店をつとめさせてもらっているナーセリーへ訪問し、オリジナルレアアイテムの発掘と新商品の作り込みなどのためである。今回はじめて訪問するナーセリーもあるので、とても楽しみである。

 

さて今回の出張は、連夜の睡眠不足状態のボケた頭で効率の悪いデスクワークをしているうちに、またも夜中になってしまい、仮眠だけした状態で昼過ぎに伊丹空港を出発。夕方に成田空港に到着した。
 

 

出発まで時間があるので、しばらく空港内で過ごし、シドニー経由で、メルボルンをめざす。

 


今回はお気に入りのJAL。色んな飛行機会社を利用させてもらっているが、やはり一番落ち着いて乗ることができる。

 

今回のシドニー行はSky Wi-Fiが利用できたので、飛行機に乗っている間もパソコンでメールやFacebookも利用可能であったのでとても快適だった。

 

 

ただそれが仇になり睡眠の補給をできずに、早朝シドニーへ到着した。


そしてメルボルンへ国内線で移動となる。

 

さ~今回もどのような旅になるのか楽しみで一杯である。

 

今回も自生地に入る予定もあるので、ネットの通信状態が見込めず、どこまでタイムリーにアップできるかわからないが、遅くとも帰国したら、時系列でまとめてアップしていくので、下手な文章とブレた写真を笑いながら見ていただければと思う。

 

また今回のナーセリーの途中には、景色の素晴らしい所もあるとのことなので、できれば文章は減らして、写真を多めにアップしたいと思う。

 

乞うご期待を。

長かったような短かったような時間が過ぎ、いよいよ帰国の日となった。

 

さすがに今日は朝からタクシーに乗り込み空港へ。

 

ハバロフスク空港に約20分で到着

 

私が良く行くヨーロッパやオセアニアのような出国というわけにはいかず、4~5回のセキュリティーチェックを通り、(しかし多すぎ)、出国審査を長い時間受けて、やっとのことで駐機場へたどり着いた。そして少しの時間を過ごし、行きと同じくS7(シベリア航空)に乗り込んだ。(ちなみに入国審査はもっと長かった。)

 

そして離陸からほんの約3時間弱で成田に到着した。

 

それにしても3時間の移動で、こんなにも日本と異なった環境の都市に行くことができるのだな~と感心?してしまった。

 

そしてまたトランジットのため数時間、成田空港で滞在し、最後のフライトで伊丹に向かった。

 

伊丹までの1時間あまりの間でも、ひたすらブログ原稿を書くために、パソコンとにらめっこ。

 

ただこのにらめっこは、どちらも笑わない。当たり前である相手は機械、こっちは寝不足で疲れている中年、笑いたくても笑えない。

 

なので私はノートパソコンを開けたり閉めたりして、お前(パソコン)が笑った!と言って勝ち誇っていた。うふふっ!と思ったと同時に、自分が可笑しくなってきたような気がした()

 

そうこうしている間に、無事伊丹空港に到着した。

 

でもそんな少し朦朧とした状況でも、しっかり頭の中では、日本センターの鏡所長が繰り返し仰っていた言葉「日本の皆さんに、もっと極東に関心を持っていただきたい、そしてそのためには、全面的に協力をしていくを惜しまない」そして「私は、この地ロシアにおいて、日本人の素晴らしさをわかっていただけるためにも、自らがしっかりした日々を送っていく。」と言っておられました。

 

幾度も何年も日本を離れ、家族と離れ、このロシアの各都市に赴任するのは、並大抵なことではないと思う。このような強い使命感をもった所長だからこそ、続けられているのだろうと本当に頭が下がる思いがした。

 

そして、私は何とか鏡所長が赴任されている間に、この地において、新しい根をおろしてみたいと強く感じた。

 

こんな思いにさせていただけた素敵な皆さまとのご縁に感謝です。本当にお世話になりました。今回の渡航をわらせないようにも、積極的に取り組み、開拓していきたいと思います。だって私は観光者ではなく、小さな会社の大きな夢をもったビジネスチャレンジャーですから。

 

相変わらずの、ふらふらブログ。失礼いたしました。

 

体力不足と能力の低さからの誤字脱字。意味不明な言葉が、多々あるかと思いますが、何卒良い方に解釈いただき、これからも時間があればお読みくださいませ。

では、北へ(ハバロフスク訪問記)はこの辺で・・・・

 

スパシーバ ザ フショー ありがとうございました。

 

さ~次はどこかな? 南かな・・・

今日はハバロフスクで活動できる最終日。

 

今日の午前中は、毎晩夜中まで頑張ったおかげで、時間がとれたので、ガイドさんと一緒に、車で街をまわった。

 

まずは、日本人抑留者墓地へ向かった。

過去について、よく実情も理解しできていない私が行くことは、許されるのであろうかなど、正直少し躊躇いはあったが、以前からお世話になっていた方におすすめしていただいたのと、何とかこの動ける時間がとれたのも必要な縁と感じ、そして本人が行きたい、行くべきであろうという気持ちがあり、足を向けた。

 

その途中で、スパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂の前を通りかかったので。写真に収めさせてもらった。

 

 

そして足早に車に乗り込み目的地に。

車で約15分日本人抑留者墓地に到着。ほぼ雪に埋もれていたのだが、墓地は地元の方々によって大事に守られていることはすぐにわかった。本当に素敵なことであると思った。そして入り口付近で買わせていただいたバラ、キク、カーネーションをお供えさせていただいた。

 

しばらくし、失礼かなとは思いながら、次への場所へと移動させていただいた。

 

その後、車に乗り日本とロシアとの間で慰霊と恒久平和のために建立されたシベリア慰霊平和公苑へ向かった。

 

 

しかし雪で道がふさがれていて、位置口付近から覗き見る感じになってしまった。 

 

そしてまた車に乗り込みフリーマーケットへ。フリーマーケットといっても、日本のフリマと言われるのとは違い、よくある市場(競りとかの市場ではなく)である。

 

入り口近くに車を停めて、中に入ってみることにする。

私は海外行ったときは、可能な限り地元の市場を訪れようにしている。

 

というのは、市場に行くと、スーパーとは違い、地元の食材や商品が立ち並び、国それぞれの特色を感じることができる。さらに、この地方の治安や衛生管理状況もわかるからである。

 

 

入り口付近には、よくある海外製品や衣服などの店が立ち並ぶ。

 

 

クマさんも売っている()

 

そして建物内の生鮮売り場はこんな感じ。

 

 

地元の野菜や果物も立ち並び、市場としてはかなりきれいに並べられ、売られている。

 

 

このあたりは、肉などを販売していた。目の前で動物を解体ショウのようにさばく姿には、正直目を覆ってしまうが、臨場感とボリューム感満載でとても迫力があった。

 

本当はもっときちんと写真を撮りたかったのだが、ロシアは写真を撮る行為に対して敏感なため、まともには撮れず、このような感じの写真になってしまいました。すみません。

 

ここはじっくり見たかったのだが、案内いただける時間に限りがあるためすぐに次の目的地スーパーマーケットに。

 

車で約10分足らずで到着。

 

 

早速店内へ。

 

 

入り口にはバレンタインということもあって、仮設売り場が出ていた。

 

さらに店内売り場へ。ここから先はガードマンも多くほとんど写真が撮れませんでした。

 

でもこれだけ。

 

 

食品売り場に入ったところにセルフ式でブーケが置いてあった。

 

価格帯は1000ルーブルから1500ルーブルぐらい。日本円にして約2300~3500円ぐらいか

 

品質、デザインとも中々のものであった。

 

そして、食品売り場を探索し、おやつを買って、スーパーマーケットを後にした。

 

ただスーパーマーケットと言っても、それなりの高級感もあり、商品のクオリティーも高く、売り場の狭さと仏頂面の警備を除けば、結構よかったと思う。

 

さすがにここのスーパーの写真は、撮影許可をとっていないのでスマホ没収になっては困るので自粛した。

 

そうこうしているうちに、時間も無くなってきたので、街角の花屋へと動いた。

 

花屋の前に到着。あれっ?閉まっていると思ってガイドさんに、開いていますよ!と言われた。

 

よく考えれば、この時期はお店をオープンタイプにしていると、花が凍ってしまうからかとすぐにわかった。すなわちお花屋さん全体が、温蔵庫である。

 

 

そしてお客さんが来ると、温蔵庫にお花と一緒に入っている店員さんが、窓を開け応対する。

 

この普段日本では見ることができない光景が可笑しくて仕方なかった。さすが極寒の地ならではだと思った。

 

しばらくこの光景を楽しみながら、時間切れとなり、私は昼食のためのレストラン前でおろしていただき、ガイドさんと別れた。

 

そしてまた一人寂しく、ロシア料理のランチを食べ、また街歩きを始めた。

 

 

歩いていると街角にはあらゆるところで、花が売られている。

 

そしてお店にはカップルがいっぱい。さすがバレンタイン。
日本もこんな感じでフラワーバレンタインがメジャーになればいいな~と強く感じた。

 

 

20分ほど歩くと、またアムール川が目に入ってくる。

 

 

ホテルが近づいた証拠。そこから約10分でホテルに到着。

 

そしてまた展示会にお越しいただいた人への連絡などのデスクワークを少し行い夕方まで部屋にいた。と言っても2時間ぐらいだが・・・・

 

そして夕方、再会を約束していてくれた所長が時間を作っていただき会食。

 

そこには、豪華絢爛といういみではなく、経験豊かな素晴らしいメンバーが集まり、素晴らしい設営で出迎えていただけ、とても素晴らしい時間を過ごさせていただき、とてもとても多くを学ばせていただいた。

 

心より感謝いたします。お世話になりました。

 

それと同時に、次に来るときは、しっかりミッションをもって訪れ、現実の形にしたいと思った。

 

そんな素敵な時間も熱く語り合った時間も終わりを迎え、また歩いてホテルへと向かった。

 

そして、途中で名残を惜しむかのように一杯飲んで、身体を再度温め?部屋へと戻った。

 

部屋に戻るとすぐさまブログなど軽くデスクワークを行い、帰りの身支度を始めたのだが朝方3時ぐらいになってきた。かなり眠い。電池切れになったのかな。

なので、これ以上は諦めて、続きの仕事は移動中に持越し、最後の夜を迎えるようします。

 

おやすみなさい。

展示会参加者(出展者)のほとんどは、早朝、仁川経由で帰国をした。

でも私は、自分の足で街を歩き、観て、聞いて、触れて、感じてから、様々なことを考えるのがビジネスのスタンスなので、あと2日間ハバロフスクに滞在する。

 そして、まずはともあれ朝一番にハバロフスク 日本センターを訪問させていただいた。もちろん初めての訪問である。

 

実は所長をつとめられている鏡様には、出発前から渡航のアドバイスや現地での手配など、とても親切に対応をしていただいていた。

 

センター訪問時も、とても紳士的かつ温かい対応で迎えていただき、現地情報など長年の経験からの様々なアドバイスもいただき、とても多くを学ばせていただけた。
そして、忙しい方にも関わらず、私の滞在中の再会もお約束いただき、感謝の気持ちいっぱいにセンターをあとにした。

 

 

ここからとりあえずホテルに戻る。日本センターとホテルの間は歩いて1時間のもかからない。寒さと凍結した路面なので、多くの人はタクシーもしくはバスで移動をする。

 

でも私は、基本歩いて動ける距離はタクシーを乗らない主義なのと、何より自分でいろんなことに触れてみたいので、当然ながら歩いて移動した。

 

この日は運がいいのか、普段の行いが良い?ためなのか、日中はマイナス10℃近くまであがり、晴れていて風もないとても良い天気なので絶好のウォーキング日和。

 

 

 建物やショップを観たり、自撮りをしたり(顔は怖いけど)、楽しみながら、街を歩いた。

 これは公園入口。中に入ると

このような氷像が多く並んでいた。

 

確かレーニン広場

 いたるところにこのような、スタンドがある。

 

 これは見えにくいがドーナツと花を売るお店。

露店で絵を売る人。きっと暖かいからなのかな。まともに寒い時は、マッチ売りの少女どころの話ではないだろう。

 通りのドン突きはアムール川。氷と雪で閉ざされていて、どこからどこまでが川かはわかりにくいけど。

 このようにちょっとした散歩?を楽しんで、ホテルに到着。

その後昼食を済まし、ミーティングとデスクワーク。
夜は、一人で最上階の和食を食べに行った。

 

味に関してはコメメントを控えさせていただきます(^^;)

 

そして、また部屋に戻り、つながらないWi-Fiと格闘しながらのデスクワーク。
気が付けば、2時になってしまっていたので寝ることに。

 

明日はハバロフスクで活動できる最終日。おやすみなさい。

今日は展示会2日目=最終日。

 

やはり初日に比べ、入場者が少ない。どこの展示会でも同じような感じかなと思う。

そんな中、早速展示会の様子が共同通信社より配信されていた。

http://www.47news.jp/CN/201502/CN2015021101001122.html

報道の速さに驚いた。当たり前かもしれないが・・・
そして写真に弊社ブースが出ており、どこかで見たような顔が写っていた()

 

ちなみにブースのパラペットには薔薇園植物場って書いてあるのですよ~~。

普段ロシア語は顔文字の時ぐらいしか見ないので、不思議に感じます~~。

 

 

さ~今日は私のプレゼンの日である。

 

 

 

持ち時間は30分。プレゼンはこのようなスタイルでおこないます。

さすがにプレゼンの時まで、自撮りはできないので、写真は初日のものを使っていますが・・・

 

今回の展示会は水ビジネスということで、多くがインフラに関する出展が多く、プレゼン&セミナー参加者には水道局や水道工事関係の人が多く、そのような中、私のプレゼンは、水供給システムの新しい方法や、環境浄化、野菜供給の既存の考え方を完全に変える新しいものなので、大多数の厳しい視線に、わずか数の光った目線を感じ、アウェイ感いっぱいだった。

 

でも私は今回異業種だし、次に会うことはないかな~~?と思い、自分の考えをそのままを話させていただいた。

 

そんな中、セミナー終了後、数名が私のところに来てくれ、詳しく聞きたいと言っていただける人もいてくれたので、とてもうれしく感じた。

 

おそらく私たちの提案は、既存とは全く違う考え方や手法なので、既得権益のある人たちにとっては耳が痛い話で、今はそのような人たちに囲まれ、かなりの逆風かもしれないが、そこに軸足を置いていない無責任な異業種というにはならないように、人に植物に地球により良いものをということ忘れず、ブレずに、しっかり主張していかなければと、あらためて思った。



 

そして、そうこうしているうちに、来場者も途絶え、夕方展示会を終了した。

 

その後、今回この展示会を主催していただき、とてもお世話になったROTOBOの皆さん(ロシアNIS貿易会)、経済産業省の方、そして展示会参加者とで、ハバロフスク 日本センターの鏡所長を迎え、懇親会と打ち上げ会を兼ねて行い、貴重な話を聞かせていただくことができ、とても有意義な時間を過ごさせていただいた。

 

そして多くの皆さんにとっては、最後の夜、私にとっては3日目の夜をホテルで過ごした。

参加者の皆さん。お世話になりました。とてもいいご縁ができました。

またどちらかでお会いできますこと楽しみにしています。

朝食を食べ終え、展示会の準備でホテル内の会場に。うちの会社が出展する展示会は、優秀な女性スタッフ陣が、全てやってくれるので、いつもはどちらかと言えば私は邪魔な存在なのだが、今回ばかりは自分でやるしかなく、不器用極まりない私は、ポスターを張るだけでも一苦労。

 

そんな不器用な奴の割には、ポスターの微妙な歪みは気になってしまうから始末に悪い。

 

そのような中悪戦苦闘し、何とか午前中で設営を終えて、開催を迎えた。

 

 

展示会としては、大きい規模のものではないので、正直、本当に人が来るのかな?うちの商品は展示会テーマから外れてないか?と思っていたのだが、その心配をいとも簡単に吹き飛ばすかのように、開場前から大勢の人が来てくれた。

 

今回の弊社の提案は、水に関連する3つの事業と蓄光ルナウェアであった。

 

まず一つがセラミック式野菜工場の提案。

安心・安全な新鮮な野菜の調達が難しいこの地区では、想像通りの評価が得られた。特に通常の野菜工場との比較に驚いていただけた。

 

 

 

次は銀イオン水生成器。安全性も殺菌力もトップといってもいいこのイオン水の用途の多さには、多くの関心を持っていただけた。昨晩の湯船をつかりながら感じたそのままの反応があった。

 

 

それと準備中の造水器。

 

さらに、ルナウェア

 

 

を展示させていただき多くの評価を得ることができた。

 

 

このような商材を提案させていただいた。

 

中にはとても熱心に話を聞いていただけたり、今後について早速商談をしてくれたりする人などもいて、想像以上に関心があること実感でき、初日からかなりテンションが上がった。

 

そうこうしているうちに、波がありながら終了時間を迎え、今日はこの展示会で一緒になった人、数名とで、外に食事をしに行くことにした。

 

ホテルを出て歩いて約15分で到着。

 

 

地元では有名なお店とのこと。

 

店内はこんな感じ。

 

 

ちょっと、びっくりドンキーのような空気を感じる。

オーダーはオーナーのお奨めをチョイス

 


 

ピロシキなど(ほかの名前の記憶がなく・・・)それぞれ美味しかった。

 

そしてここで今日の展示会の話や互いの業務などのことを談笑し、楽しいひと時を送り、その後ホテルに戻り、大人しく各部屋に戻った。

 

 

さて、パソコンでデスクワークをしているともう2時か~~。

明日に備えて眠ります。

今朝、成田経由の飛行機でハバロフスクに向かった。

 

 

今回はハバロフスクで行われるロシア極東水ビジネス展示会inハバロフスクに出展のためである。

 

花き業界の私が何故そのような展示会に出展と思われる方もいるでしょうが、これには浅い訳があって() 何でもチャレンジという精神がほとんどです。

 

ただ弊社の事業の中には、環境に関わる関連会社や実際に花のメンテナンスや有機栽培に活用している水に関わる技術、野菜工場などがロシア極東には必要ではないのだろうかという、私の考えがあったからである。

 

この展示会を通じてどのようなことになるか、ただ寒いだけの遠足になるのかは、実際に行ってみなければわからないが、とりあえず行かなきゃ何も始まらないと思って、異業種の中に、飛び込んでみた。

 

成田を出て約3時間ちょっとでハバロフスクに到着。
 

 

やはり噂通り寒い。気温はマイナス25℃ぐらい。風がきつい時は体感温度マイナス40℃ぐらいにもなるとのこと。

ハバロフスクは初めてだが、モンゴルでもう少し寒いのを経験しているので、心と身体の準備ができていたので、期待通りの寒さが少し心地よくも感じた。

 

空港到着後バスで移動。約30分後にホテルに到着した。

 

 

とりあえず各自順次チェックイン。

その後荷物を部屋に置いて、今回の出展者の方々とホテルのレストランで食事をした。

 

レストランでボルシチなどロシア料理をチョイスしていただき、参加者みんなで自己紹介をした。そこで改めて私だけ全くの異業種であることを再確認し、この日は、各自明日に備えて部屋に戻ることにした()

 

そして疲れたので温まりたいと思い、湯船にお湯をはってみたらこんな感じ。

 

 

一瞬、正直汚いから入りたくないと思ったが、その瞬間また別のことが頭をよぎった。

それを考えると湯船につかりながら、鼻歌が出てきてしまった。

 

 

さ~明日からの展示会どんなことになるか大きな期待と少しの不安でワクワクです。

 

では、今日はこの辺でおやすみなさ~~い。

今朝も早く起き、今回も朝食の時間は無く、リムジンバスでマルペンサ空港へと向かう。結局、欧州訪問でのホテル6泊のうち朝食をとれたのは1泊だけでもったいないな~という気分になりながら、約1時間でマルペンサ空港に到着した。

 

着後チェックインなど諸手続きをおこないフランクフルト行きに乗り込んだ。約2時間でフランクフルトに到着、ここで乗り換え、大阪へと向かった。

 

そして、その飛行機の中で、今回の訪問ブログをまとめ書きしている。

 

今回スペインでは、多くの人に歓迎され、おもてなしをしていただき、素敵な時間を過ごさせていただくことで、あらためて、おもてなしの心の重要性を身に染みて感じた。

 

さらにビジネスに直結する植物でも、期待通りの成果を残すことができたと思う。来春の入荷が待ち遠しく感じている。

それと同時に、この素晴らしい植物たちがスペインの地から、私たちの勝手な意向で、遠く異国の地に長時間移動という人生?で最大であろうストレスを科せられて、日本にやってくることへの敬意と感謝を決して忘れてはならないと思った。

 

またイタリアでは、新しい人、ものとの出逢いもあった。

さらに過去を振り返り、あらためて気づかされることもあった。

アルマーニビルを前にしたときに、数年前のことが走馬灯のように思い浮かばされてきた。
その内容の詳しくは時間がある人は過去のブログを時間があれば読んでいただければと思う。

http://www.baraen-rosegarden.co.jp/blog/date/2009/02

2009年2月6~7日のブログのため見られないかもですが・・・



当時ただ単に憧れでしかなかった遠く離れたブランドと、成立こそしていないが、一つのデスクを挟んで、ビジネスの話ができるまで、たどり着けたことが、現在の私のチャレンジスピリッツのもとになっており、仕事での支えになっていると言っても過言ではないであろう。このことを可能にしてくれた素敵な人には本当に感謝したいと思っている。

 

できれば今回のイタリアの訪問で思い出話に花を咲かせたかったのだが、今回は、あいにく丁度すれ違い。おそらくロシア上空ぐらいですれ違うかもしれないだろう。

そんな思いをしながら、パソコンの手を休め、飛行機からの景色を眺めてみた。

 

特に夕焼けや、澄み切った青空でもない写真である。皆さんもきっとそう思うであろう。でもしかし、その青空がなかったおかげか、この窓からもっと必要なものが見えたような気がする。

 

それは、深い山々の大自然の中を切り裂くが如くつながっている高速道路などから、本当にこのまま開発は進められ続けて良いのであろうかなどと考えてしまう。確かにこれらの恩恵によって私も日々生活をしているため、口にする権利はないかもしれないが、今一度あらためて自然への敬意を決して忘れずに行かなければと思った。

 

また山々の木々は深い緑色のものあれば、紅葉し葉を落としていこうとしているものが混在していた。
私は何となく人生やビジネスにも同じように照らし合わせ考えられるように感じられた。

 

はじめは散り行くものへの哀愁の様にも思えた。ただずっと見ているとそうでもない。散り行く木々、葉も素晴らしく輝いている。それは周りの若い木々が一層引き立てているからであろう。

 

であるならば私も彼ら大自然の様に、自らが散りゆくときこそ、青い葉に負けじと、堂々と情熱で真っ赤に、そして燃え尽き輝いて逝こう。そしていずれ、青く輝く若い木々の肥となれるような、そんな人生を多くの仲間と送りたいと思った。

 

相変わらずの無茶苦茶な日本語にも関わらず、最後までお読みいただきありがとうございます。

 

このブログの原稿も、帰りの飛行機の中、続けて11時間パソコンと向き合って書いていたので、かなり誤字も多く、日本語もおかしいと思いますが

購読料をいただいてないということでお許しください。ごめんなさい。

これに懲りず稚拙なブログですが、時よりアップしますので、写真だけでもいいので楽しんでいただければ幸いです。

 

それでは。また。欧州訪問記はこの辺で・・・。

 

あっ!それとブログ上だけお付き合いも良いですが、気になる記事や植物があったり、ちょっと言いたいことがあったら、
暇で気が向いたときにでも直接ご連絡くださいませ。
そこからまた何かが生まれる出逢いのきっかけにもなるかもしれませんから。

 

私のように・・・・・。