四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ

MATAEMON'S THINKING BLOG

2月22日は猫の日である。
仕事を終えて家に帰ると、いつもは、おとぼけの表情であり、おっとり屋さんであるハクが凛々しい姿で私を迎えてくれた。

まるで我が道は、目標に向かって真っすぐ延びており、ぶれることなく突き進む。後戻りなどあり得ない覚悟であると言わんばかりである。

翌日、自宅に戻るとまた同じ位置に鎮座していた。そして私の顔を見たとたん、いつものようなおとぼけか大きくあくびを繰り返した姿が可愛くて写真を撮ってみた。

その写真をよく見てみると、おとぼけのあくびではなく、強い想いで物申す、ある意味雄叫びのようにも感じた。

実はこの子は、おっとりとしたおとぼけくんではなく、強い意志を持ちながらその本心は見せていないのでは?と思うぐらいである。そう思うとふと旗本退屈男や大石内蔵助の1シーンを思い起こさせ、何となく又右衛門の日々の活動のあるべき姿であるようにも感じた。

そのような親バカでありながら、ハクに学ばせてもらえた日となった。

今週も、会議、面談、研修や、毎日いくつものミーティングなどがあり、気がつけばあっという間の一週間であった。
その中では、初めて弊社を訪れられる方や、久しぶりにお会いできた方もいて、充実して日々をおくることができたと言える。

週初めには最近注目が集まっているナチュラリスティックガーデンを展開される方々と面談ができた。
自社でも一部ナチュラリスティックガーデンの施工を行っているが、ガーデン用植物を卸したり生産したり、さらに新しい資材の開発を行っているため、現場で活躍される方々と会うことができる機会は貴重である。この日も大いに学ぶことができ、ありがたいことである。

週中は農福連携の研修会や、数年後に控えた思い入れが強いプロジェクトの定例ミーティング。さらに今後の又右衛門の活動に大きな変化をもたらすかもしれない提案などもあり期待と不安?心配?などが頭の中を交差する。

さらに後半には、十数年前にご縁をいただいた有機農業の師である永座先生と久しぶりにお会いすることになった。永座先生とのご縁によって起ち上がったアースフィールと言う会社がバラエングループ内にある。この会社のことについてはまた改めて書くことになると思うが、本当に永座先生には多くを学ばせていただいた。

今後について様々なことを話し合い、引き続き環境に配慮した持続可能な農業や園芸、緑化のために活動することを約束し、お土産まで持たせていただいて帰路につくことになった。

そして今、そのお餅をいただきながら、このブログを書いている。
私を知っている人はご存知かとは思うが、又右衛門は粒あんが大好物である。そしてこしあんが苦手である。そのため有名な赤福餅すら口にすることはまずない。

しかし永座先生にいただいた中将餅を食べて、こしあんの美味しさに気づくことができた。

粒あん大好き!こしあん苦手!ぜんざい大好き!おしるこ苦手!は自分の中で何かを決めつけなければならないと思い込んでいたのかもしれない。
また赤福餅を美味しいという大多数の方々と同じ意見であることへの違和感もあったかもしれない。

そのようなことを考えながら、気がつけば未だかつてないぐらいのこしあんを食べている自分がいた。
これからは、今までの自分の活動スタイルや考え方も大切にしながら、たまには自らを見つめ直し、変な先入観や無理な自分づくりを捨てていかなければならないと思えた。

そのようなことを教えてくれた中将餅に感謝である。

それにしてもよもぎ餅とても美味しかったです。
このあんが粒あんだったらもっと良かったのにと思っている間は、又右衛門もまだまだなのかな・・・(笑)

新年を迎え、初詣など毎年の恒例行事を終えるこの時期になると、年始行事の最終仕上げと言えるえびす神社参拝がやってくる。私は小さな頃から父に連れられてほぼ毎年参拝をしていたので、おそらく50回ほどになるのかと思う。私の1年間の行事において重要な位置づけである。

私がいつも参拝する西宮戎様は、10日早朝の開門時に参拝一番乗りを競う「福男選び」で有名である。実際私は周囲の反対などもあり参加できずにいたが、この歳になるまで幾度か参戦したいと思ったほどの行事である。

そのような思い入れのある西宮戎。今年は9日の宵えびすに参拝した。
9日を選んだ理由は、このご時世なので、宵えびす、本えびす、残りえびすの3日間(9~11日)のうち、一番混み方が少ないであろうと思ったからである。

まずは車を停めてから正門へと向かったが、昨年に続き露店が出ていなかったので、人出は多いもののほぼ混雑もなく到着。正門をくぐり、まずは昨年に授かったお札や吉兆などの縁起物をしっかり御礼を伝え返納した。

そして本殿に向かう。飲食の露店がないため、参道も広く、混雑なく到着。新しいお札を授かり、1年間のお礼をゆったりとした気持ちで伝えることができた。

その後、毎年お世話になる吉兆店「福富」さんへと向かう。このお店は毎年私たちの参拝を待っていただいており、長いお付き合いである。お店に着くと同時にマスク越しでも私のことに気づいてもらえた。ありがたいことである。再会を喜び合い、お互いが1年間無事に暮らせていることを労い合うことができた。そして恒例のプレゼント交換もすることができ、また1年間お互い元気でいることを約束し、神楽殿へと向かうことにした。

神楽殿でお神楽を舞っていただいたが、コロナ対策でお屠蘇の振る舞いは中止。色んな影響があるのだなーと思いながら、最後の参拝をしている荒えびす様へと向かう。

その途中も飲食の露店がないため渋滞もない。お化け屋敷は飲食ではないので健在。荒えびす様に到着し、お礼とお願い事を伝えて、例年通りの参拝を終えることができた。

車に戻る途中では、露店ではない常設店舗が特別出展しているベビーカステラに100名近くの長蛇の列ができていた。きっと少しでも以前の戎神社の賑わいを感じたかったのか、よほどお腹が減っているのかな?など考えさせられる光景であった。

今年もCOVID-19の影響で以前の“おしくらまんじゅう”のような西宮戎参拝ではなかったが、ゆっくりしっかり参拝ができることはとてもありがたいことであると思えた。
ただこれも新しい日常として以前と変わってしまうとしたら、それはそれでかなり寂しいものであるなと複雑な思いがした。

いずれにしても、来年も引き続き参拝できるように1年間をしっかり仕事に取り組んでいきたいと思う。そして来年こそは様々な厳しいことが少しでも落ち着き、以前のようにスタッフ有志と一緒に参拝ができるような環境になっていることを願うばかりである。

元旦。まだ暗い中、大晦日からちらついていた雪を心配しながら起床。当たり前だが結構寒い。例年のごとく元旦の1日が始まった。まずは自宅の神棚をお祀りして新年のご挨拶を。

そして自宅を出発、玄関にはうっすら雪が積もっている。
何か風情を感じつつ、路面が凍結していないか心配しながら、車庫から車を出した。

家から幹線道路に出るまでは少し凍結している場所もあり、そろりそろりとの運転ではあったが、山から下りた時にはすっかり普段と変わらずの路面状態で、難なく氏神様である東の宮、松尾神社に到着。
薄暗く人気も少ない本殿と猿田彦さま、薬師如来さまをゆっくりお詣りすることができた。

その後、西の宮である天満神社をお詣りした。その頃には陽も上がりはじめていた。

そして本社の神棚をお祀りした。見上げると先々代からロゴ使用されているバラエンの看板に温かい初日の陽光があたり、これからの活動の支援をしていてくれているように感じた。

本社を出発する頃には、恐竜たちにうっすら積もった雪も解けはじめていた。
元旦ということもあり空いた道を進み、いつもより少し早く大阪営業のある兵庫県生花 大阪本部に到着した。さすがに市場、仲卸とも休業なのでとてもひっそりしていた。

そして大阪営業所の氏神様である春日神社をお詣りし、宮司様にも新年のご挨拶をすることができた。
続いて、大阪営業所、市場内の仲卸棟の神棚をお祀りし、昨年1年間、厳しい環境の中でも耐え抜いてくれたスタッフ、会社をお守りいただいた感謝の念を祝詞にこめてあげさせていただいた。

その後、市場の中心にて、平素市場をご利用される生産者、買参人、流通業者、仲卸、そして仲卸各社をご利用いただいている花き事業者の安寧と繁栄を願い、土地の神様にお神酒と橘の実をお供えした。

学生の頃から40年以上お世話になり、育てていただいた梅田生花、大阪植物取引所の皆さんの顔や、先代の活動を思い起こしながら、今年も引き続き、花き業界のあらゆる立場の人と協調し、パートナーと共に歩んでいきたく感じた。

ここまでの元旦の朝は、時間や順番の多少の違いはあれど、毎年ほぼ同じである。しかし今回は少し違うようにも感じる。それはきっと私の想いに少し変化がでてきたからかもしれない。
今までは、前途にある協調こそ一番のような思いもあり、その中で少しばかりか妥協もあったかと思う。しかしこれからは妥協や迎合することなく、自らの想いを貫いていきたいと思っている。決して暴走ではなく、しっかり心眼をもって実直に進んでいきたい。

そしてその想いを込めて地にお神酒をまいた。いつもは雨男の私であるが、元旦は良く晴れる。今年も青空が広がり、背中には強い陽があたり、腰を下ろしている市場の地面から熱が伝わり、とても温かかく、お詣りを終えるころには、又右衛門は汗だくになっていた。

恐らく今年1年は、強い追い風もあれば、強い向かい風もあるかと思う。
しかしその風もしっかり見極め、うまく力を合わせることができれば、つむじ風のように上へと向かっていけるのではないかと思っている。

私たちは健康な植物(みどり)の力で社会の課題を解決したいと取り組んでいる。
そのためにいろんなことにチャレンジする又右衛門を支援していただいている皆さんには本当に感謝である。またスタッフをはじめパートナーには、負担をかけてしまうこともあるかもしれないが、私たちは花き業界に身を置くものとしての責務を全うしなければならないと考えている。

ただその先にはきっと素敵な世界が広がっているに違いない。是非その先を一緒に観にいきたいと思っている。2022年はそのスタートであろう。

このような●●愛を市場(世界)の中心で叫んでみた又右衛門です。
このような私ですが、今年も何卒よろしくお願いします。

びっしりだった予定がうまく空いて、この時ばかりと神在祭の出雲へと向かった。

もう十数年になるだろうか、毎年出雲の地を踏ませていただくことができるようになってから・・・

今まで本当に素敵なご縁を授けていただいている。繋がることも、離れることもそれもまた大切なご縁。

そして浜を歩きながら鳥たちの足跡に気づく。

よく見ると動物の足跡もある。いろんな生き物がこの地で時を刻んでいることに気づく。

そして自らの足跡ってどうなんだろうと、ふと思う。

いつの日か、又右衛門の足跡を私以外の人に気づいてもらえた時に恥ずかしくないような足跡でありたいものである。そのようなことを気づかせていただけた出雲に心より感謝である。

今日は宝塚山本の秋祭り。
朝一番から神棚をお祀りし、法被を身に纏い、いざ松尾神社へと向かう。

集合時間の少し前に到着。そこには既に“だんじり”が出されていた。
ただ今年もCOVID-19の影響で曳行はない。
COVID-19が流行する前、若者に紛れて?助けられて?率先して“だんじり”の左後ろに肩を入れ押していた頃が懐かしく思い出される。

これまで気合と根性で押したり担いだりで、ゆっくり“だんじり”を見ることがなかったのだが、今年はゆっくり拝ませてもらうことができた。

ゆっくり見ると、その様々な表情から色んな想像が湧いてくる。
そして小さな頃、太鼓の音を聞くだけで、ランドセルを家の玄関に放っぽり出して、“だんじり”を見に行ったことがとても懐かしく思い出された。

そのような中、お清めなどの神事も執り行われ、しばし地元の人と歓談をしながら、楽しい時間を過ごすことができた。

そして行事も落ち着いた頃、私は少し早めに上がらせてもらい、もう一つのお祭りへと向かった。

車で高速道路を使わず、約2時間半で到着。
そこは、先日来お世話になっているシャンプーハットのてつじさんや素敵な仲間の皆さんによって創られた「てつじ亭」である。
今日はここで1周年祭りが開催されるということで、すでに多くの人が訪れており、遅ればせながら又右衛門も参加させてもらった。

到着するや否や、てつじさんの温かい手で出迎えてくれた。
そして再会を喜び合いながら、皆さんに振舞っておられた「宮田麺児」のつけ麺をいただいた。

私は普段、麺類は控えているが、とても美味しく1人前を完食した。

さらにみたらし団子もいただき、しっかり炭水化物を吸収できて身体もとても喜んでいたと思う。

その後、お腹もいっぱいになったので、てつじさんと裏山へと向かった。
それは腹ごなしというのではなく、ちょっと面白い取り組みを一緒に考えているので、そのチェックのためである。
結構素敵なものも見つけられ、色んなアイデアも浮かんできて、お互いワクワクである。きっと素敵なことができるので乞うご期待である。
そのような楽しい時間を、いつもカメラ片手にとても魅力的な、まえともさんや新しくご縁をいただいた皆さんと過ごすことができ、心はとっても喜んでいた。

そして、後ろ髪を引かれる思いで、「てつじ亭」を後にして、同じく綾部市内で開催されていた「ゼロ・ウェイスト」というイベントを見学した。

そこには環境意識の高い方々が集まられており、とても強いパワーを感じることができた。今度時間が許せばもう少し学ばせてもらいたいと思った。

そして先日お知り合いになった野田さん(ネコさん)たちとご挨拶をし、今日の1日の締めくくりとなった。

今日は、思い出を語り合う昔からの仲間と一緒に過ごし、お昼からは最近お知り合いになった方々と今を楽しみ、未来や将来を語り合える、身も心も豊かになる、実り多き秋を感じる1日となった。

神様。皆様。大きな秋をありがとうございます!

9月に入って急を要する多くのプロジェクトが起ちあがり、東へ西へ、南へ北へとバタバタの日々。さらにリモートでの多くのミーティングが毎日のように行われ、気がつけば10月を迎えることになった。
ただ1日はいつものように神棚をお祀りし、氏神様への参拝をし、先月の御礼とご報告をした。

先月末には、急遽お声掛けいただいたイベントの打ち合わせで大阪市内へと向かうことになった。
少し遅めからの打ち合わせのため、少々疲れ気味に歩いていたが、階段を上がると目の前に広がっている光景に見入ってしまい、しばらく足をとめて眺めていた。

真っすぐの光り輝く道。その先に見える灯り。その夜景に自分自身を映すように観ていた。

しっかり輝くような道を歩いているか?真っすぐに歩けているか?その先にはしっかり明るい未来があるか?・・・と

そして少しして歩き始めてみる。いつもは道の端を歩いているが、空いていることもあって、この時は道の真ん中を歩いてみた。

一歩一歩確かめるように・・・

そして道一杯に、手を繋いでくれている仲間がいてくれることを感じ、絶対に向こうに見える灯りに身を置いてみせると念じながら・・・

COVID-19が日本にも拡がり、2年目のお盆を迎えることになった。
ビジネスとしては、業態によって厳しさは軽減されることはなく、今まで無いような荒天もあり、さらに厳しさを増している状況である。実際に15日のお墓参りもカッパを着ながらもずぶ濡れのお墓参りであった。
ただ厳しい状況でも、個人個人が注意をし、何とかお盆商戦を無事に乗り越えてくれたことは何よりの成果だと言える。手前味噌かもだが素敵なスタッフたちに、賛辞を贈りたいと思う。

そのような中、COVID-19の報道を聞かない日はなく、影響を受けていない人は世界でいない状況であるのがわかる。
私、又右衛門も同様で例年であれば年間10回ほど、仕事やNGOの活動のため海外に出掛けていたが、一昨年のマダガスカルやスペイン以来渡航ができていないまま、もうすぐで丸2年になる。
これだけ期間があくことはなく、すでに各地での出入国の手続きの仕方や書類の書き方を忘れてしまったかもしれないと思えるぐらいである。特にアフリカ諸国の手続きは結構難しいところもありいささか不安でも。

また国内も同様で、不要不急の外出を控えるため、どうしても現場で行わなければならない作業や指導、その他どうしても参加が必要なプロジェクト以外は、社内か隔離区間でのデスクワークとなり、出張の機会は激減している。
自分のパフォーマンスを最大限に発揮できない日々を、パソコンと向かい合いながら悶々と過ごしているが、今まで手を付けられなかった新規事業の計画立案に着手できてはいる。
ただどうしても頭で考えることが多く想像が先行してしまい、フィールドワークしながら進めていく姿勢の私は、どうしても前かがみになってしまっているように感じることもある。またデスクワークが多いため実際の姿勢も猫背気味でもある。

今も、自宅で周りが寝静まった後、パソコンに向かい資料づくりをしていると、遅くまで私と付き合ってくれている愛猫たちのユニークな姿が目に入ってくる。

彼らの姿をみて、自分の実際の姿勢、そして自分の行動や考えも前かがみではなく、背筋をしっかり伸ばしていかなければならないとあらためて思えた。彼らもまた素敵なパートナーである。

7月23日。東京五輪の開会式を迎えた。
東京での開催が決まってから、今日まで色んなことがあり、それについて様々な意見が飛び交い、私も思うところは多くある。ただそのような論議は今ここではしようとも思わないし、自分の主張をしようとは思わない。ただ1964年に生まれた私には、前東京五輪の記憶はなく、初めての自国開催をとても楽しみにしてきた。

そして開会式をTVで視聴しながら、あらためて五輪のもつ意味を自分なりに考えてみた。
ネットで調べると、五つの輪から構成されている理由は、世界の五大陸を表し、五つの輪が重なり合っているのは、全世界が結束して行われる大会であることを示すとともに、全世界の人たちがスポーツで手をつなぐことで平和への願いが込められていると書かれている。
そしてマークの輪は、WORLD(世界)の頭文字であるWのかたちになるよう配置されたものであると書かれている。本当によくできた素晴らしいマークであると深く感じる。

また、赤は火、青は水、緑は木、黒は土、黄が砂と、それぞれ自然を表しているとのこと。これもまた素敵な表現に思う。土と砂について違いは?と思う人もいるかもだが、農業に携わってきた者からすると、納得できるように思うと同時に、メッセージ性も感じることができる。
個人的には黄色は砂、黒は様々な自然物が絡み合ってできている土そしてそれらで形成された大地とその恵みと理解していて、だからこそWマークの中心にあるのではとも思っている。

また私たち人類は家族、友人、会社、業界など大小の違いはあるが、それぞれの輪を持っている。生活圏、生息地域、国としても同じである。さらにそれは人類だけではなく動物たちも同じ。もちろん植物たちも同じである。

私たち生き物、特に人類は今までこれらの個の輪を護るために、それぞれが一生懸命活動をしてきた。そして時には、自らの輪を強く大きくするために自分本位の活動をしてきた。それも必要な進化の過程でもあると思っている。しかし今の地球をみると個別の輪の力が強く働き、世界中の様々なシーンで飽和状態になり、そのバランスが崩れかけた?崩れている状態であると言える。

互輪にむけて・・・

私たちは、この不均衡な時代から誰一人取り残さない時代にむけて、それぞれの輪が、争うのではなく互いへの尊厳の念を持ち、それぞれへの思いやりの気持ちを強く持たなければならない。

互いを思いやることができる輪が拡がりをもち、やがて大きな一つの輪である“互輪”となることを願っている。そのために自らの役割を全うしたいとあらためて強く想えた。

今日は5月1日。お朔日。何度も書かせてもらっているが、お朔日は自宅、本社、営業所の神棚のお祀りと、氏神様の参拝をしている。

今日も松尾神社を参拝し、先月までのお礼、ご報告をしてきた。
少し前までは朝5時の参拝は、辺りは暗かったが5月になると結構明るく、木々の芽吹く様子もよく見え、季節の移り変わりを教えてくれる。

境内を歩くと古木たちが穏やかに話かけ、戒めや教えなど大切なことを、様々な事象に置き換えて伝えてくれているように感じる。そして、周りの環境が大きく変わっても、人間のためだけの手は加えられずに、ありのままの姿で守られてきていることの意味を、心身で感じながら十分納得することができる。
境内は、現代の社会において活動する私たちにとって、とても貴重な場所であることが実感できる。

そのような素敵な空間で過ごした後の帰り道では、今まで以上に小道に咲く草花が可愛らしく、愛おしく感じる。

私たちの花き園芸業界は、新しく改良された品種やデザインを世に送り出してきた。それは大切なことである。しかし新しいものを世に送り出すためには、やらなければならないことがあると思う。それは今まであるものを護ること。それがきちんとできてこそ、新しいものを世に出すことができると私は思っている。

そのことをあらためてしっかり教えてくれる植物たちに関わりながら近い距離で仕事ができるという恩恵に誠意をもって応えられるように、エシカルであることを基本とし、高い美意識と感性をもって、世界に向けて自分らしく発信していこうとあらためて感じたお朔日となった。