四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ
MATAEMON'S THINKING BLOG
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今日は都内に向かい聖心グローバルプラザ・ジャスミン(青年海外協力隊旧事務局・旧広尾訓練所)にて開催された「青木大使を偲ぶ会」のお手伝いと参列、墓参をさせて頂きました。
予定時間より少し早めに現地についたので、夕方から会場となるジャスミンにてランチをいただいていると順次関係の方がつかれたので、打ち合わせをさせていただいた後に、まずは青木大使のお墓まいりをさせていただくため青山墓地へと向かった。
ただ青山墓地の広さを良く知っていなかったため、地図は持ちながらも中々たどり着くことができずであった。そしていけないとは思いながら墓地を走り続けて何とか到着。息を切らしながら墓前で手を合わせていただくことができた。
再び会場にもどり打ち合わせと準備をさせていただき、皆様の到着を待つことになった。
しばらくして青木大使ご令室の直子様はじめ元大使、協力隊OB・OGJICA関係の方々がお越しになられ、定刻に会は始まり、隣接の記念碑の前で献花と黙祷が行われた。
その後会場にもどり皆様方の挨拶があり、ご用意させていただいた献花台に順次お花を供えられた。
その後先輩方の青木大使とのエピソードなど聴かせていただける挨拶を拝聴ができ、あらためて青木大使の偉大さを感じさせていただくことができた。
そして乾杯の後に歓談タイムとなり、多くの先輩から素敵なご縁をいただくことができました。そして今回の発起人でもあり、長年交流していただいているジャーナリストの岩田公雄氏など多くの方との再会もでき、色んな会話をしているうちに気がつけばあっという間に中締めの時間となった。
そして皆さんをお見送りした後に、ご令室を囲み運営スタッフの方々と記念写真をとって、この会はお開きとなった。今回この会の開催にあたって主体となって活動された家田さんはトラブルに巻き込まれながらも、しっかり準備から当日の仕切りまで行われており頭が下がる思いである。このような素晴らしい皆さんの支えをいただけるのも青木大使そしてご令室のお人柄と感じ入ることになり、あらためて気づかされることになる良いご縁となった。皆さんに感謝です。
今日は、4月13日に開幕をした大阪・関西万博へむかった。
OPEN前まではご依頼いただいた海外パビリオンの植栽、植物供給、暑熱対策の相談などで何度か訪れることがあったが、視察来場者として初めての訪問となった。
平日と言うこともあり大きな待ち時間も無く、少し並んで入場することができた。
まずは全体の一感覚を頭に入れるために大屋根リングにあがりぐるっと一周と言いたいが、時間がないのでくるりと半周してリングから各パビリオンを観させていただいた。
素敵なデザインの建築物や植栽もあり、遠目ではあるがとても興味深く拝見することができた。その後は興味のある各パビリオンを見学したかったが、今回は植栽工事や植物納品、その他の関係で交流があるパビリオン訪問を優先して順番にまわっていくことにした。
そしてお世話になったパビリオンで今後のミーティングや先日ご縁をいただいた国の関係者にご挨拶をして回ると、お昼どころか腰掛けて休憩することもままならず、あっという間に時間切れとなった。
今回の訪問では興味深いパビリオンや植栽もあったが、ほぼ観ることができなかったので会期中に時間をとって何度か訪問したいと思っている。
ざっとだけしか観ることができていないが国やゾーンごとに素晴らしい植栽もあったし、残念な状態であった植栽も観ることになったが、いずれにしても造園緑化や花き園芸業界の様々な業者さんが関わり尽力され、多くの植物が利用されていると感じた。是非皆さんも大阪・関西万博の訪問の際には植栽・植物にも目を向けていただければ嬉しく思います。
今日は久しぶりに淡路方面に向かうことにした。先週末にタイでお世話になっている生産者の方が来日されており、観光のお手伝いのために淡路島へと向かった。
私の目的は、淡路島各施設に生産者をお連れするのと、この4月からリニューアルOPENしたあわじグリーン館の見学と新しく館長に就任された石田氏へのご挨拶である。石田館長とは以前よりお世話になっており、この日も丁寧に私たちの訪問を出迎えていただけた。
早速館内を見学。いつもながら迫力ある植物たちにうっとりである。
そしてランのアーチを潜り抜け、私たちが送り出した植物たちが植えられているゾーンへ。とても元気そうにしている姿をみて嬉しく感じました。
そして和のゾーンへ。タイの生産者が興味深く見学していたのが印象的であった。
その他のゾーンも見学をさせていただいたのち次へと向かうことにした。あわじグリーン館はリニューアル前もシンガポールのランや食虫植物など素敵な植物で楽しませていただけたが、リニューアル後も新たなゾーンなど仕掛けもあり引き続き大いに期待できる。楽しみである。植物活動家として兵庫県民として、この施設が長く引き継がれていくことを切に願うばかりである。
温室をでて隣接する淡路島国営明石海峡公園を足早に見学した。ちょうど淡路花博25周年記念「花みどりフェア」が開催されており、チューリップがとてもきれいであった。タイではチューリップはないため、訪問者もとてもきれいと喜んでいただけたようである。
駆け足で公園を見学後は素晴らしい安藤建築を案内しバタバタはあったが見学を終えて移動をした。その後はPASONAさんの施設を見学したり、淡路夢舞台公園の見学などをしたりして、兵庫県淡路島を満喫していただいた。今回の訪問者は日本の花き園芸や文化に強い関心をもち日本で技術を学び、将来的にそれらを活かしてタイにて活動をしたいという想いがあり日本に来ることがめざしていたが、その思いは叶わずで、今回は観光としてしか来日することができなかった。そのため私たちは一切指導などをおこなうことが出来ずに、観光としての案内だけに終えることになった。日本の花き園芸を海外に送り出すきっかけになるとても良いきっかけであると思っていたので、とても残念であった。
私たちは省庁からの方向性に則って日本の花き園芸を世界へ届ける活動をする一方、その絶好の機会となる日本での研修に対して厳しい制限をかけることへの矛盾を感じながらも、目を輝かせて日本の花き園芸を見つめている訪問者の顔をみていると、将来的に実現ができるように関係者に指導をいただきながら準備をしなければならないとあらためて感じることになった。まだまだ勉強です。
その他にも私たちが送り出した植物たちも元気にしてくれており、嬉しい限りである
それはスーダン共和国 本国政府機関からの連絡であった。どのような問い合わせであったかはここでは控えさせていただくが、幾度かメールにてやり取りをさせていただいたり、Webミーティングを開催したりしたが、通信が不安定なこともあり、本国とは近日中に駐日スーダン共和国大使館を訪問し、今後についての進め方などを検討することが望ましいということになり、今回の訪問となった。
大使館到着後、とても丁寧に対応をいただけ、早速応接室へ案内されました。今回は臨時大使も歴任されたDeputy of Head MissionのAli Mohamed Ahmed Osman Mohamed様、直々にご対応いただけ、今回の訪問理由とバラエングループの活動についてお話をさせていただいた。
そしてスーダン共和国の現状などについてお聞かせいただいた後に、農業、環境配慮に向けた取り組みについて意見交換を行い、私たちの唱える『健康な植物(みどり)の力で社会の課題を解決する』活動について共感していただけました。また私たちの製品や技術にも興味をお持ちになられたので新しいプロジェクトが始まりそうです。
大阪・関西EXPO が開催中でありTICAD9 やGREEN✕EXPO 2027が控えており、そして2030年そしてその先に向けて私たちこそができることを提案し、一緒に歩んでいければと思っています。
身長差によって目線の高さは大きく違うが、同じ目標に向けては目線を揃え決して背伸びすることなく実直に取りは組んで行きたいと思っています。素敵なご縁に感謝です。
先週、西の大阪から東の都内へ。そして北の秋田へ。そしてそして南の宮崎への移動である。
この宮崎では、植物園訪問と、地元で素敵な活動されているローズガーデン、そしてグループ会社が開発する海洋性腐植抽出液・高濃度フルボ酸であるマリネックスの中で、特別な存在である「競走馬用マリネックス MARINEX GOLD」の持てる力を伝えるために牧場を訪問させていただいた。
北海道がサラブレッドの産地であることはご存知の方も多いが、宮崎も注目される生産地である。そして今回イベントなどの情報をいただき当地を訪問させていただいた。
そしてその甲斐あって競走馬を生産や飼育さらに調教される方々との多くのご縁をいただき、中々実現しなかった展開に少し陽が差してきたように思う。この縁を大切に今後も進めていければと思う。
青島亜熱帯植物園を訪問。大温室はメンテナンスのため入ることができなかったが、その他の温室などをガラス越しに拝見させていただいた。
花壇の植え替えをしており、しばし植え替え方法を見学させていただいた。
園内にはイペ―の木がちょうど満開で青い空とのコントラストがとても美しかった。
そしてせっかく宮崎に来る機会であったので、「こどものくにガーデン」を再訪してきた。ここのガーデンは東京HANA-BIYORIの施工の際にご縁をいただいた、Kaori Minamotoさんが管理をされている。
決して広大なガーデンではないが、バラがとても美しいガーデンである。バラの見頃は5月中旬前後からで、まだ開花はしていないため華やかさはないものの、開花した花に気をとられない分、つぼみや葉の美しさをしっかり観ることができ、園芸家の私には現状に美しさを感じ、このまま順調に進めば最盛期にはきっと美しいガーデンになることが容易にわかった。
また久し振りにKaoriにお会いさせていただくこともでき、今回の宮崎訪問の最後を素晴らしい笑顔で締めくくっていただけた。
素敵なガーデンは、素敵な活動とそれを支える素敵な方々、そして素敵な笑顔によって成り立たせることができている。あらためてそれらの大切さを感じ、学ばせていただいた。
今回久し振りの宮崎。すぐに花開くものではないかもしれないが、開花には必ず必要となるご縁をいただけたといえる。次回の宮崎訪問がいつかはわからないが楽しみである。
昨日羽田空港に駆け込み、無事搭乗できて北の地 秋田へと到着した。
秋田空港にはまだ明るい間に到着したが、機内アナウンスによれば気温は約5℃。タイとの気温差は30℃。おまけにレインマンぶりを発揮し雨が降っている。また数時間前までは都内で桜開花を楽しめるとても暖かかであったため、真冬のようなこの気候に身体は少し驚いたような感じであった。
さらにここまで寒いと思っていなかったため割と薄着で来たため外に出るのが億劫になってしまったのと、元来一人で食事をするのが苦手な私は、夕食はコンビニで調達し、ホテルの部屋でひっそりいただくことにしたが、暖房のきいた部屋で身体は暖かいが、心は少し寒さを感じることになった。そしてしばらく宿題を済ますためパソコンと戯れ、早めの深夜に就寝することができた。
今日はバラエングループが継承させていただいた秋田での根引き松「八竜松」生産事業の進捗確認のため現地訪問である。今朝一番、昨年から現地に乗り込み奮闘してくれている斎藤氏お迎えの軽トラに乗り、様々な情報交換をしながら圃場のある能代へと向かった。
まずは今年になって苗を植えたばかりの圃場のチェック。きれいに整列しているのが、まるで小学一年生が集まった朝礼のようで、とても可愛らしさと同時に、元気に育って欲しいと願う気持ちが湧いてくる。
ただ当たり前のようにまっすぐ並んでいる松だが、簡単なものではない。全てペアによる手作業で行われている。当然田植え機のようなものはないので、とても重労働である。
後で書かせていただくが、事前に選別された苗を、スコップでこじ開けられた穴に植えていくのである。
等間隔でテンポよく植えていく手際よさは秀逸である。ただ傍目にみて感じるほど安易なものではない熟練の技であり、かなりの重労働。私が砂地の畑を歩くだけでも足をとられてしまうぐらいのところを一日中中腰で作業する。若者でも音を上げてしまうような作業を人生の大先輩たちは笑顔でやってのける。本当に頭が下がる思いである。
そのような先輩方に感謝の意を伝えて、他の圃場へ向かう。ここは今年末に出荷が予定される圃場。順調に仕上がってきていて安心することができた。
さらに厳選された松が植わっている圃場へと向かった。写真のように日本人の感性と自然感のある個性豊かな趣のある松に仕上がってきている。中には売らずに置いておきたいとすら感じるものもあるぐらい。素敵だ。
そして根引き松生産の他にもいくつかのチャレンジをしてくれている。それがこれ。斎藤氏が新しい取り組みとして手掛けてくれているもの。大きな手でこのような細やかな作業をしてくれている。チャレンジ精神に拍手である。早ければ今秋に製品として送り出すこともができるかもなので乞うご期待である。
そして最後に先ほど植えていた苗の選別作業をおこなっている方々へご挨拶にいかせていただいた。そこには長年この生産をまもり出荷をし続けてくれている加賀谷さんの姿があった。そして皆さんの手を止めて邪魔にならないようにご挨拶と、色々なことを教えていただいた。
そしてしばらくすると圃場から戻ってこられたのかパートナーのお一人が手に白いひもを握りしめてもってきてくれた。恐らく先ほど苗をほどいて圃場に植える際にでる残った紐であろう。それを束ねて大切に持ってきて再利用してくれているのであろう。
私はその姿を拝見した時に、あらためて農業とは?と、この根引き松「八竜松」生産チームの素晴らしさを実感した。この白い紐。金額にしたら大したことではないであろう。それを大切に持って帰り、再び利用してくれることはエコという一言では片づけられない、農を生業をとする方々の考え方や、戦中を生きてきた大先輩の生き方を垣間見ることができたように感じ、あらためて学ばせていただくことができた。本当に感謝である。
現在の松生産の圃場面積は約10町歩、100反である。100反というと30,000坪。甲子園球場のグランド面積は約4,000坪なので、その約7.5倍である。そのような面積を手作業にて植え、そして収穫していくのは、いくら熟練メンバーとはいえ簡単なことではないことは簡単にご理解いただけるかと思う。そしてこの生産も高齢化は着実に進んでいる。
私は正直このままで十数年生産を続けていくことができるとは思わない。しかしこの地の根引き松生産やそれを今まで何とか繋いできた大先輩の想いを途絶えさすわけにはいかない。そして今まで支えてくれた仲間と一緒に活動できる場所として大切にしなければならないと考える。当然継続のためには利益も大切であるが、それよりも優先しなければならないこともあるように感じている。それをあらためて感じながら、後ろ髪をひかれる思いでこの地を後にした。
そして再び軽トラに乗り込んで、今後のあるべき姿や将来の目標などを語り合いながら空港まで送ってもらい私はひとり定刻の飛行機にて大阪へ帰ることになった。
帰阪の機内では美しい山々を観ながら先日来の取り組みを振り返っていた。沖縄に続いてタイ、そしてこの秋田その他にもまだまだある。この全てのプロジェクトを成功させることは夢のようなことかもしれないが、一緒の想いをもって歩んでくれる仲間が力を併せれば全て可能であると信じる。
俺たちの想い。そしてかけがえのない仲間たち。今がその時!咲き誇れ!!!
昨日早朝にタイから帰国し、そのまま社内会議に出席、そして次の予定のためバタバタのまま宝塚本社へと向かった。
そして重たいスーツケースから洗濯物などを取り出し、必要なものをリュックに詰め込んで、翌早朝に再び空港に向かい羽田空港へと向かった。都内は冷たい雨が降っていて、気温35℃のバンコクで過ごしていたので結構寒く感じた。
そして都内で大切な方の植物のメンテナンスに向かう途中、目の前に大きなビルが見えてきた。数日前までバンコクで高層ビルの損壊などを目の当たりにしてきたので、このような日本の頑丈なビルに安心感と、ある意味誇りにも感じられた。ビルの屋上緑化での植物ボリュームはバンコクの方が圧倒的に上ではあるが・・・・
そしてこの近くに来ることがあれば参拝させていただいている豊川稲荷別院へお礼と報告をしてきました。ちょうど花まつりであったので甘茶をいただくことができ、清められた身体で、植物のメンテナンスを行うことができました。
そしてその後、タイでのプロジェクトなどでお世話になっているお取引先様を訪問し、情報交換とミーティングを行った。
翌朝はかなり早めに起床し電車で移動。せっかくなので石神井公園で一瞬だけ桜を見てから、久し振りにオザキフラワーパークさんを訪問させていただいた。
オザキフラワーパークさんは、以前から又右衛門の特別イベントをくんでいただくなど、尾崎代表と懇意にさせていただいてきた。そして当時からすると私の活動にも変化が出てきたので、久し振りに直接お会いし情報交換をさせていただいた。
相変わらず店内はボリュームいっぱいの花で埋め尽くされ、多くのお客様が来られていた。ここ最近は鉢物特に花鉢の市況が低迷しているのだが、オザキさんを見る限りそのようなことはあまり感じることがなく、さすがだな~~と思った。
そして今回は尾崎代表とご子息が一緒に席についていただけたので、あらためてバラエングループの取り組みについてお話し、情報交換や今後についてのお話をさせていただくことができた。
途中スタッフの方とのお話の機会をいただけ、さらに美味しいランチをいただきながらのミーティングは今後に繋がるとても有意義なものであった。
そしてご子息の年齢を聞くと、私の長男と同級もしくは1つ違いの同年代。次回は愚息も同行し、次世代同士で新しい扉を開いて行ってくれれば良いな~~と素直に思った。そのような前向きなミーティングは時間が経つのも早く、あっという間に制限時間となったので、再会の約束をしてオザキフラワーパークさんを後にし、次なる目的地秋田へと向かった。
そして搭乗時間ギリギリに羽田空港に到着。今回は今のところ落とし物、忘れ物なく秋田へ向かうことができそうだ。又右衛門よくできました!!!(笑)
一昨日から沖縄へと向かった。今回の訪問は、昨年に起ち上がり、準備段階である沖縄名護プロジェクトの活動拠点となる施設建設の進捗確認および主要関係者とのミーティングである。
那覇行き朝一番の飛行機で伊丹空港を出発。少し遅れて那覇空港に到着。そこには本プロジェクトの中心人物であるナーセリーのパートナーが空港に迎えに来ていただけており、早速、車で名護方面へと向かった。
その途中で特別な植物を管理されている施設を拝見。今まで見たことがない種の植物や、魅力的なフォルムの植物に既に又右衛門は興奮状況となった。
そしてランチミーティングを挟んで、パートナーの各施設を巡回。以前訪問時よりも新しい圃場も増え、明らかに拡大しているのが直ぐにわかった。現在の生産面積を確認すると施設が約5,000坪、露地栽培面積が約15,000坪合計20,000坪、つまり65,000㎡。東京ドームのグランド面積の約5倍である。驚きの広さである。
食事を終え、拠点の中心地にて、植物生産について議論を交わし、昨年に大阪から名護に移動したビカクシダやバオバブなどもタイの環境にあわせた施設を準備していただき、その中で元気にしてくれていた。
その後昨年に起ち上げた名護プロジェクトの拠点となる伊差川ICに離接する事業地へと向かい、建築や路盤工事の進捗確認を行うことにした。前回訪れた時は、ビニールシートで覆われていた状況であったが、今回三度訪れると、すっかりビニールも張られて足場も外され、巨大なハウスがそびえ立っていた。
面積はそんなにも広くないが、カタの高さが8m、一番高いところで10mという生産ハウスはそうあるものではない。何故このような背の高いハウスをつくったかと言うと、色んな使い道は考えているが、まず当たり前に背の高い特殊な屋内用植物を受け入れることが可能になっていることは想像できるかと思う。ただそれだけではなく、ここの施設を運営するメンバーは、植物の知識、技術、保有数など日本を代表し、世界に誇れるメンバーであるので、どのような展開になるか今後を楽しみにしていただきたいと思う。
その後いったんホテルにチェックインしてボードメンバーだけでディナーミーティングを居酒屋で行った。毎度のように夜が更けるまで、腹を割って話し合い、今後についてを熱く語り合うことができた。
翌朝は課題解決のために地元の会社などを訪問、その後圃場に立ち寄り、真剣なまなざしで、一生懸命作業を行うスタッフの手をとめていただき、一緒にランチ向かい、食事をしながら情報交換をさせていただいた。
又右衛門は「てびち」特有のねっとりに、手や口がベトベトになり、スタッフの方々に手先の不器用さを露呈することになってしまった。
そして皆さんとは再会を約束してここでお別れ。私とプロジェクトリーダーと二人は、近隣の生産者を数件見学し、その後カフェにて今後の展開について再確認と、運営や役割についてなどを時間の許す限り協議させていただき、課題と目的を共有することができた。
その後はホテルまで送っていただき、私はまた別のメンバーとディナーミーティングや情報交換を行い、深夜ホテルにもどり、明日の帰阪の準備をして眠ることにした。
朝イチ簡単に食事を済ませ、チェックアウトした後、搭乗時間までにはかなり早いが、ゆっくりデスクワークがしたいため、空港へと向かい、ラウンジにて数時間パソコンと向かい合い時間となったので搭乗口へと向かったときに、少し考えさせられる光景を目にすることになった。
そこにはJALとANAの飛行機が重なって見えていた。飛行機をあまり乗らない人には、意味が分かりにくいとは思うがロゴやイメージカラーからJALは赤派や赤組、ANAは青派や青組と言われる。それは日本を代表する素晴らしい航空会社2社が、顧客囲い込みのためにマイルをためてもらえるポイントやステータスを、2社に分散させるよりも1社にまとめた方が優遇されるような仕組みにしているため、航空会社の会員からはJAL派とANA派すなわち青と赤で区別しているのである。
私は普段JALに乗らせていただいている所謂赤派ではあるが、八丈島や福島に行くときはANAにお世話になっている。このような2社やその他の航空会社は、ライバル?競合?にはあるが、戦闘機でないので撃ち合うことはなく、空の安全を第一に、サービスなどで競い合い、時には協力をしあいながら営業をしている。
花き業界においても、大手2社にわかれるとは言えないが系統はある。いくつかの大きな企業、著名な活動家もいる。そして彼らはチームを組んで活動する時もあれば企業として競合になり活動をする時もある。それは一緒であろう。しかし花き園芸業界の中には自己を優先させるための活動に注力し他社を敵味方に区分けしチームを組んで時には強引に敵を討とうと活動をしている人もいる。長きこの業界にいて感じるところであり、自らもそのような時には応戦しなければならないと思う気持ちが心のどこかにあるのも確かである。
ただ今、花き園芸業界はかなり厳しい状況である。そのような中で、互いが撃ち合うのではなく、協力し合いながら新しい扉を開いていかなければ業界全体が衰退してしまう。本当にピンチである。大阪・関西万博の次には2027年にGREEN×EXPO2027横浜国際園芸博覧会という大舞台が控えている。そこではつまらない小競り合いや自己を優先させた位置取りをするのではなく、それぞれが切磋琢磨し、敵味方ではなく次代の担い手が積極的に関われる環境を提供していかなければならない。
これからは私も、この海のように透き通った思いで花き園芸の発展に取り組んでいかなければとあらためて感じさせてくれた赤と青の翼であった。まだまだ修行が足らないことを気づかせてくれた2社に感謝である。
岐阜2日目の朝は、ホテルについている無料の朝食をいいただいてからのスタートである。
安価なホテルの無料朝食なので特別なものはないがサラダいっぱいと、厚焼き玉子を10切れに、魚などをお腹いっぱいにいただき、さらに給仕されるスタッフの方々がとても気配りのできる方々で朝から良い気分でスタートを切ることができた。
部屋では積み残しのデスクワークと、大阪のスタッフと別の打ち合わせをしながら、午前中に予定されている又右衛門がアドバイザーをつとめる重要なプロジェクトのWeb会議に出席をした。Web会議では通信の問題か、私から映像がうまく映すことができずご迷惑をかけてしまったが、何とか必要な意見や写真など最低限のことは伝えることができたと思う。何のプロジェクトであると言うことはできないが、どんどん変更がありながらも具体化していくために中心となって活動されている皆さんのご苦労は多大であろうと察する。大したことはできないかもしれないが、私が持つ特殊なつながりや技術を活かしお手伝いができればと思っている。
そしてホテルから行っていたWeb会議が終わり、荷物をまとめながらデスクワークなどをおこなっているうちに、レイトチェックアウトの制限時間が迫ってきたので。急いでチェックアウトをし、今回の岐阜訪問の主たる目的地である岐阜県立国際園芸アカデミーへと向かった。
そしてしばらくしてアカデミーに到着。12時30分という中途半端な時間の到着になってしまったが、今西学長や前田准教授に出迎えていただき、4年ぶりの訪問を歓迎いただくことができた。
4年前に又右衛門はアカデミーの記念行事にて記念講演の機会をいただき、その打ち合わせで訪問した時以来、久し振りにゆっくりお話をさせていただく機会となった。
そして今回訪問の目的の一つであるバラエングループとしての求人応募についてである。私たちの業界は人員不足のため、若いスタッフを募りたいとの考えもあるが、近年国内外で様々なプロジェクトに関わらせていただいているため、新しい視点や技能をもった学生を募りたく思い相談をさせていただいた。先生方からは花き園芸業界において、他社とは異なった取り組みを数多くしていたりしていることなどをご評価いただいていることと、生徒に様々な選択肢を与えるためにもと快諾いただけることができた。ありがたいことである。
そしてもう一つの相談は、弊社の開発するバイオスティミュラントや自然生態系調和型資材、弊社が代理店として活動させていただいているAIR-POTやノアソイルそしてアクアセルなどの環境に配慮した新しい資材の紹介と、それら使った研究について提案させていただいたところ、学校としても新しい取り組みによる学ぶ機会を学生に提供できることは喜ばしいと受け入れていただくことができた。さらにはこのような新しい資材の技能者養成についても、学生にとっては将来進む道の選択肢が増え、環境配慮の取り組みにもつながると互いの想いが合致し、早速今春から取り組んでいただけることになった。本当に判断も早く積極的にその機会を提供いただけた判断には嬉しいばかりである。
今後は私たちや開発者、それらを巧みに扱うプロフェッショナルが協力し合い、各資材や人が単体ではなく、それぞれの良さをうまく組み合わさることによって、今までの花き園芸の生産や管理の常識を覆す新しい技術が生み出すことができればと思っている。是非学生の方々には今まで培ってきた先生方の知識や技術に加え、新しい資材をうまく活用し、数年後には社会実装できるまでにしていただければと考える。学生の可能性に大いに期待であり、とても楽しみでもある。
そして今西学長や前田准教授は次の予定がある時間いっぱいまで情報交換もしていただき、最後に再会と今後一緒に取り組むことをお約束いただき、私を最後まで見送っていただき、後ろ髪をひかれる思いでアカデミーを後にした。
そしてその帰る車の中では、目に焼き付いたアカデミーの20周年記念の横断幕に書かれていた「花と緑。そして仲間とともに。さらなる飛躍へ。」というメッセージをあらためて噛みしめていた。まさにその通りであると感じていた。私たちは2027年のGREEN×EXPOに向けて、花き園芸業界内で向かい合うのではなく、互いの企業がその価値を認め合い、協力し合いながら先人が創り上げてきた技術の継承と、新しい資材や技術をうまく組み合わせることに取り組んでいかなければならない。そしてそれらを次世代と共にすすめ、将来の花き業界の担い手を育んでいかなければならないと考える。あと2年しかないかもだが、その中でもまだまだできることもある。まさにそれが「仲間とともに。さらなる飛躍へ。」と繋がっていくと信じている。そのためには、学生だけが学ぶのではなく、この又右衛門自身も考え方を変えなければならないこと。行動を変えなければならないことも多くあるだろうとあらためて感じることになった。
そしてこのような取り組みに共感いただける方々とともに活動ができればと思う。そして考えを共有することができるメンバーは大先輩であっても学生であってもみんな「仲間」であると考える。さ~~みんな一緒に園芸しようぜ!!
そんなことを思いながら、まだまだ岐阜において訪問したい方はいたが、今日の夜の会議に出席するために愛車のチョロQを走らせ帰阪の途につき、アカデミーを出発し4時間弱で無事に宝塚に到着することができた。
この2日間。とても有意義な時間であった。貴重な時間を私に与えてくださった皆さんに大いに感謝である。ありがとうございました。これでまた岐阜への再訪がとても楽しみになった。二代目金岡又右衛門も喜んでくれているかな?ね。おじいちゃん(#^.^#)
先週初めの兵庫県フラワーセンターに刺激を受け、週中には宮崎からのお客様との打ち合わせ。そして木曜日からは岐阜へと向かった。
今回の岐阜の訪問先は、セントラルローズさんと、河本バラ園さん。そして岐阜県立国際園芸アカデミーの予定である。
まず朝一番に宝塚を出発。途中栗東にて用事を済ませて、お昼前にミニバラ栽培では著名なセントラルローズさんに到着した。
セントラルローズさんは、ヨーロッパの最新の栽培法をいち早く取り入れた革新的なバラ栽培の先駆者であり、広大な施設で栽培し全国に供給している。日本を代表するミニバラの生産者である。
この事業を創業した大西さんは、以前から日本フラワーマーケティング協会で一緒に活動をさせていただいたり、バラ生産つながりということもあったりで随分前から懇意にしていただけている先輩である。
そして今回の訪問は、現在の流通などに関することと、バラエングループが取り組んでいる資材について意見をいただきたくのが主たる目的であった。
まずは到着し、しばし歓談の後にハウス内を見学させていただくことにした。施設を訪問するのは2度目になるが、相変わらずの大規模かつ機能性高い施設での栽培には驚かされる。
まるで大規模工場で工業製品のようにミニバラを栽培しているように感じる。近年路地を中心に費用を抑えながら生産事業を始めた私たちにからすると、この機能的な施設や栽培法は、真似のしようもなく、凄いと言うしかない。あらためてバラ生産をこのような大規模生産体制にしてきた大西さんには感服する。
そしてお昼ご飯を頂きながら、生産や流通、業界の方向性など意見交換をしっかり行うことができ、多くの学びや情報をいただくことができた。そして食事の後、私の祖父金岡喜蔵(2代目 金岡又右衛門)の第2の故郷とも言える揖斐郡大野町へと同行いただいた。
なぜ第2の故郷かと言うと、金岡喜蔵は宝塚でのバラ生産を、岐阜県揖斐郡大野町と山梨県笛吹市に移し、その地で住居を構えて活動をしていたからである。そして同行いただいた大西さんからも岐阜の同地区にバラ生産を持ち込み、現在日本を代表するバラ生産地となるきっかけづくりとなったと教えられた。そしてその活動を始めるにあたり、一緒に取り組んでいただいたのが、河本バラ園さんとのことであった。河本さんは、現在もバラの育種や苗生産を手掛けられる日本を代表する存在である。
そして昨年当時一緒に活動をされていた河本弘元様がご逝去と大西さんから教えていただき、今回私を河本さんまでお連れ頂いたのである。本来であれば昨年にでも駆けつけるべきであったかもしれないが、海外などで訪問することができず今日となったのである。そして現在の代表である茂樹さま、2代目育種家である麻記子さまにご挨拶もさせていただくことができ、短いながらもとても大切な時間を過ごさせていただいた。
大変お忙しい時間にアポなしで訪れたにも関わらず、親切に対応いただいた河本さんには感謝である。そして河本さんを後にするときには、祖父2代目金岡又右衛門が毎日見ていただろう山々が目に入り、そしてその先には私には珍しい青空が広がっていた。きっと祖父が喜んでくれているのであろうと思えると同時に、同じ地の空気を吸うことができ、心が満たされたような気がした。
その後、大西さんに岐阜でも活動する開花園さんにお連れ頂き、情報交換などをさせていただくことになった。そこでの内容については今回控えさせていただくが、今後何かの繋がりになっていけばと思っている。そうこうしているうちに気がついた時には夕方になったので移動をすることにした。
今回、祖父やバラ繋がりとは言え、半日というとても長い時間を割いて、私のお相手いただいた大西様には本当に感謝である。おかげでとても大切な時間を過ごさせていただくことができました。そして再会を約束して、この地を後にし、私は再び一人で宿泊地である可児市へと向かった。可児市のホテルに着いた時には、すっかり陽も落ち暗くなったので、近くの飲食店で簡単に一人ご飯を食べて、その後部屋にこもって明日の会議の準備を行うことにした。さて明日は、岐阜2日目。明日も良い日になりますように。