四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ

MATAEMON'S THINKING BLOG

先週日曜日にインドネシアから帰国。温かいところから寒い日本に戻って身体の節々がきしみながらの1週間であった。

 

週初めの月曜日は、不在中に停滞していたデスクワークを行いながら、身体のメンテも行い寒さに慣れる1日となった。

週中は、再び飛行機に乗り羽田空港へと向かった。都内では様々なプロジェクトをご一緒させていただいている大手企業の方々との情報交換や、また新たなプロジェクトを企画しているパートナー、さらには初めてご紹介いただいた方とのミーティング、そしてとても大切なところへのご挨拶など、盛り沢山であり、とても有意義な上京となった。ただ今回で全て行えなかったことがあるため、また来週の上京へ持ち越しとなった。

週の後半は、いよいよ大詰めとなった大阪・関西万博の海外数か国のパビリオン植栽工事の最終調整や、2年後に控えたGREEN×EXPO2027 横浜国際園芸博覧会に関する海外との調整、輸出大国コンソーシアム支援企業として支援いただいているJETROの方々と次年度への新たな取り組みについて貴重なアドバイスをいただけたり、25年間パートナーとして一緒に歩ませていただいてきている生産者との情報交換など、色んなことが交錯し、キャパの狭い又右衛門の頭をフル回転させていただき、寒さに負けない熱い1週間となった。

そして今日土曜日は愛知での展示販売会に追っかけて行く予定であったが、深夜まで作業が終わらなかったため、展示会は、腕利きのスタッフに任せることにして、私は居残り自宅でパソコンと向かい合うことにした。

そして作業中にカレンダーに目をやるとあらためて今日は2月22日ニャンニャンニャンの日であることに気づいた。ちょうど1年前には、家族の一員であった保護ネコの「ハク」が他界し、とても悲しく、体調に影響を与えるほどの日々であった。今もまだハクの幻影をみることもあるが、体調に影響を与えることはなく、しっかり活動をできていると自分では思っている。

 

さ~~来週で2月も終わり、怒涛の3月繁忙期がくる。若干の不安もあるが、多くの仲間と一緒に仕事ができるのが楽しみで仕方ない。期待と花のつぼみが膨らむ3月が待ちどおしい。

昨日今日と都内での活動であった。今年になって海外出張のトランジットのため都内には訪れることはあったが、実際の活動は今回が今年初めてとなる。

 

今回はグループ会社の担当と一緒での生産者訪問である。空港ではいつも期待されている「りくろーおじさんのチーズケーキ」を仕込んで赤い飛行機に乗ってと羽田へと向かった。現地では又右衛門らしく悪天候での訪問となったが特に欠航などもなく現地に到着することになった。

そして雨が降る中、早速魅力的な自生植物が多い管理地や圃場を順番にまわらせていただいた。

 

今回の訪問の主な目的は、農業資材の販売やテストを行っていただくためのレクチャーや今後の新しいプロジェクトの方向性の確認と、私たちの新しい担当を紹介させていただき、迫った大きなイベントの材料検査も兼ねてである。

そして雨の中、陽が落ちるまで圃場を周り、暗くなったので一旦ホテルにチェックイン。再集合して食事をしながら遅くまで想いをぶつけ合った。今回ご一緒させていただいた生産者は素晴らしい植物にしたてあげる、まさに職人そのもので、植物に対する強い想いを持っておられ、多くを学ばせていただけるとともに、私たちの責任を強く感じることができた。

どのような取り組みかについては、ここでは控えさせていただくが、とっても面白く生産者の方々や、需要者にとって価値あるものに発展しそうでワクワクしている。またその他も多くのお宝も発見でき大満足の上京であったとだけの報告とさせていただきます。乞うご期待ください。

こんな感じであっという間の24時間。できればあと数日滞在して、じっくり進めたかったが、双方ともに中々時間が取れずで、楽しみな課題を残しての帰阪となった。

それにしても今回も素敵な縁をいただけたこと、本当にありがたく嬉しく思っています。このつながりをもっと強くし、植物を愛する方々に繋いでいきたく思っています。楽しみにしていてくださいませ。

最終日の朝も、鶏のように朝目が覚め、昨晩やり残したことを朝から行い、さっと食事を済ませた後、社内のWeb会議を行った。

 

内容は間近に迫った大阪・関西万博の植栽施工に関するものである。弊社もいくつかの国の植栽に関わらせていただき、施主さんやクライアントとの最終調整などを行ったりした。そして気がつけば次のミーティングの打ち合わせの時間が迫っていたので慌てて荷物をまとめてチェックアウトし、レンタカーを走らせ約束時間ギリギリでミーティング会場に到着することができた。

このミーティングは今回の沖縄名護プロジェクトの発起人でありキーマンの方と、チーム編成など様々な確認事項を行い、今後の構想をについて制限時間まで語り合うことができた。

そして、ほど近い拠点に向かい建築中ハウスに電気工事の打ち合わせで立ち寄り、確認作業を終えて、東南植物楽園へと向かった。高速道路は工事をしていたものの渋滞もなく、予定より少し早めに到着できたので、隣接する食堂にてランチ。今回は「みそ汁」をいただいた。沖縄で「みそ汁」と言うとドンブリいっぱいの野菜とスパムが入った汁に、白ごはんがついたもので、とてもヘルシーで美味しいものである。(またもやお腹を空かしていたので写真はないですので気になる方はネットで検索をしてみてください。)

お腹も満たされ準備万端で約束の時間をむかえたので現地に向かうことにした。東南植物楽園は去年の11月に開催された日本植物園協会の分野別会議の開催地であり、3ヶ月ぶりの訪問である。そしてその時には、触れる程度でしか話すことができなかったバラエングループの取り組み紹介と情報交換のための再訪である。

 

そして到着させていただくと日本植物園協会でとてもお世話になっている玉城さんと仲井間さんに出迎えていただき、早速会議室にて情報交換をさせていただいた。

その中で私たちの植物や環境に対する取り組みを話させていただいたところ、園も全く同様に考えておられ強く共感いただくことができた。また高みを目指す植物園ならではの取り組みや課題もあり、私たちの技術を有効につかっていただく提案もさせていただいたところ、早速試験に入っていただくこととなり、私としては双方にとって良いミーティングになったと思っている。また東南植物楽園さんは系列施設もあり母体が医療系と言うこともあるので、環境や人と植物の関係において、様々な取り組みをしながら最適解を求めていかれると思うので、私たちの活動がその一助になればとても嬉しいことであると感じた。

長い時間ミーティングをしていただいた後、園を見学させていただき、3月の再訪を約束して帰ることになった。出口では私たちの車が見えなくなるまでお見送りいただき、来場者に対する心遣いは本当に素晴らしい園であることを再認識させていただいた。

そしてここで沖縄でのパートナーとお別れし、名残惜しいが私は帰路に着くことになった。帰りの道路も渋滞などなくレンタカーの返却場所に到着。そして空港まで送っていただき、搭乗手続きを終えて、搭乗口へと向かった。

搭乗予定機材の遅れに伴い、少し出発は遅れたが、無事に離陸。その機内でこのブログを書かせていただいている。沖縄の生産者が温めてこられた取り組みに、迎え入れいただき約1年間でトントン拍子のように物事がすすみ、新施設を建てるまでに至ったことに、私も驚いている。きっとパートナーもこの加速を同様に感じていると思う。本当に楽しみである。

今回の沖縄ブログの初めにも書かせていただいたが、まずは何といっても大事なのは沖縄地元のキーマンである。それも土地を持っているとか、植物を豊富に持っている、資金が潤沢であるとかではない。地元の人や環境を考え、先を見据え様々なことを立案できる人。このような生産者は正直中々いないのではと思う。そのような人物を起点に、植物の知識、管理などにおいて日本でも秀でた能力を持つメンバーが加わり、縁あって1年前に私も加わることになった。そして何度も夜遅くまで語り合い、本音で想いをぶつけ合うことができた結果、お互いがリスペクトし合うことができる関係となり素晴らしいチームが産声を上げることになった。

さらにまた今回、新しいメンバーも加わり、さらに手がけられることが増え、このチームであれば今まで業界で完結できなかった領域のことができると考える。

いずれどのような活動名であるか?メンバーは?など施設のプレオープンには、公開させていただければと思っている。きっと業界の方々は、その組み合わせに驚いていただけるかと思うのでご期待いただければと思う。

そして私たちの国内外のパートナーや各生産管理地と連携を図り、先人の功績や技術を継承しながら新たな思考を加え、植物のため、植物に関わる人のためになる拠点をめざしていきたいと思います。しかしそこは私がめざしていた到達点ではなく、まだまだ第1章の幕開けです。これからは、同じ想いをもった植物が好きな人と一緒に感動的な物語を作って行ければと思っています。興味がある方は是非繋がっていただければと思います。そのような人に出逢えることを楽しみにしています。

 

みんな~~自分の会社の肩書や役職もおいてきて、選手に戻って一緒に植物(野球)しようぜ!!!!!

清々しい朝といっても外は真っ暗のためデスクワークを行い、ラジオ体操をした後、昨日のメンバーが再集合して、周辺の山や造園屋さん、生産者を訪問させていただいた。

山には魅力的な植物が沢山あるが、それらを採取すると言う目的ではなく、それら植物から学ばせていただこうと思いながら、色んな所を案内してもらった。

また造園屋さんや、材料屋さんもいくつか周らせていただいた。写真のトックリヤシは、素敵な表情をしているので根強い人気があり、私も昔から扱わせていただいたこともある。

またユスラヤシや八重山ヤシなど、沖縄らしいものも多く見かけることができた。

そして今の時期はちょうど各地で桜祭りが開催されており、街中でも大阪より一足先に桜を感じさせていただいて来た。

お昼には地元のお店で私はトーフチャンプルを食べながら、引き続き昨晩と同じようなテンションで語り合うことになった。

その後本部(もとぶ)周辺まで来たので、熱帯ドリームセンターを再訪させていただいた。昨年の訪問時にも書かせていただいたが、ここには魅力的な植物が多くあり、目の保養となる。

何回来てもゆっくり周りたくなるが、夕方から打ち合わせがあるため、駆け足で周らせていただくことになった。

ちょうど来月から始まるラン展準備もあり、様々な方が集まっていたので、ご挨拶をさせていただき、時間ギリギリまで過ごさせていただいた。

そして再び、拠点のハウスに戻り、建築会社の方々や、金融機関はじめこのプロジェクトに賛同し支えていただいている方々と現地確認しながら、今後の構想などを話させていただき、共感していただくことができた。そして皆さんをお見送りして、一旦ここで仲間とは解散し、私は別の用事があるのでホテルへ一旦戻ることにした。

 

そして荷物を部屋において再出発。そして用事を済ませて再びホテルに戻り、山積みとなったメール対応やデスクワークを行い、日付も変わってしまったので、ここらでブログ書きを終えて明日に備えることにします。おやすみなさい。

先週 例年にない寒さのタイから戻り、少し平年より暖かい日本に戻ったがやはり寒いな~~と感じながら沖縄へと向かった。

 

今回は昨年起ちあがった沖縄プロジェクトの候補地を確保し、実際に着工が始まった施設の進捗状況と現場にて各関係者との打ち合わせ。そして日本植物園協会でご一緒させていただいている東南植物楽園への訪問である。

いつものように朝一番の飛行機にて那覇空港向かい少し遅れて到着。駐機場にはジンベイザメがラッピングされた飛行機が停まっていた。初めてではないが見た目に可愛らしく到着早々穏やかな気持ちになれた。

ジンベイザメと言えば若かった頃、市場の懇親旅行に出かけた際に、同行者と、現地でたまたま知り合った人にジョークで「ジンベイザメをプレゼントするよ!」と笑いながら言ったのだが、その方にとっては冗談ではとっていただけなく、申し訳ない思いをさせてしまった経験がある。その際にも謝罪はさせていただいたが、あらためてお詫びを申し上げたいと思います。このブログを読んでいただいていることは万が一にもないだろうが、この気持ちが何らかの形で届いていただければと今でも思っています。

そして到着口をでてレンタカー会社のバスに乗り、レンタカーに乗り換えて、パートナーである生産者の圃場へと向かった。途中は渋滞やトラブルなくの走行であるが、万博や他のプロジェクトの電話が鳴り続き、安全第一なのでPAに停まったり、Bluetoothにて対応したりしながら気がつけば宜野座に到着をした。

事務所で再会を喜び合い、簡単に挨拶をしたのち、仲間とともに少し遅めの昼食をいただいた。昼食はやはりソバ。ただあまりにもお腹が空いていたので、写真を撮るのを忘れてしまった。

そして、パートナーとともに今回のプロジェクトの拠点となる伊差川へと到着。そこには昨年末から建設に入ったハウスは骨組みが建ちあがり、圧倒的な存在感を見せていた。この場所は幹線道路と自然が交差する名護では一等地と言える立地条件である。さらに今年夏にOPENするジャングリアに将来的に繋がる道にも面する予定で、沖縄において将来もっとも成長する有望な場所であるのではと思っている。

そのような場所に最大の高さ10mのハウスなどを配して、植物中心に、飲食や物販、スポーツなどを絡めた取り組みをしようと考えている。ここではプロジェクトの内容はこの辺にしておくが、この取り組みは先人の功績や技術を踏襲し、さらに新しい文化や技術、感性を注入した今までなかった植物の流通と交流の拠点にしていければと考えているので乞うご期待である。

そしてパートナーと共に、ハウスや周辺状況のチェックを行い、あらためてここまでくることができた喜びをみんなで分かち合うことができた。

現地施設のチェック終了後、一旦ホテルにチェックインし、再度集まりみんなで食事をしながら打ち合わせをさせていただいた。この打ち合わせにはこの構想を長年温めてきた中心的存在の地元生産者と、植物の知識において日本で指折りの活動家、そして又右衛門と互いが秀でた能力を理解し、その活動をリスペクトしている者同士が揃い、さらに今回から植栽において経験と知識、技術を有した凄腕が加わり、まさに役者が揃ったといえる状況でテーブルを囲むことができた。

そのようなメンバーが集まっているので、当然会話は盛り上がり、店中にその声が響き渡るほどのものであった。その人物は誰かな?と思っていただける方もいるかと思うが、みんな私と同じでとてもシャイなので、現段階では伏せているが、3月にはハウスが建ち、順次植物も配置され、初夏までには構想の数十%ぐらいまではできあげられるかと思うので、その際には、施設名も含めてご紹介できるかと思うので、興味がある方は楽しみにしていただければと思っている。

そしてラストオーダーも振り切るほど、飲んで食べて語り合って、さらに互いの信頼度が高まり結束力が高まるこの上ない決起集会になった。大興奮である。そして追われるように店をでて、ホテルへと送っていただいた。本当にエキサイティングな1日となった。

さ~~明日は、山や街での材料探しなどの予定。これまた楽しみである。

今日は日本青年会議所 京都会議 会場にて開催されるNPO法人 国境なき奉仕団の理事会・総会に出席のため前日より京都入りをしていた。

昨夕に京都駅に到着。まずは重たいリュックをホテルに預けて、総会前夜の懇親会に出席のため祇園方面へと向かった。歩いて45分ぐらいなので、いつもなら歩くが、数日前から腰痛がひどくなり、今回ばかりはタクシーの贅沢をさせていただいた。

そしてメンバーが集まる会場に到着。各方面で活躍される方々と再会を喜び合い、早速宴が始まった。

そして美味しいとり鍋をいただきながら、時には真面目に、時には熱く、時には笑いこけながらのとても楽しい時間となった。その後二次会にもお誘いいただいたが、腰痛は収まらずのため、一足先にホテルに戻り、腰をゆっくり伸ばし休めさせていただいた。

翌朝は少し回復したので地下鉄にて移動し、会場である国際会館に到着した。

入口には看板があり、20年前に卒業した青年会議所に懐かしさを感じながら、会議室へと向かった。

会議室には定刻前であったが既に多くのメンバーがそろっており、あらかじめ御用意いただいたところに着席させていただき会議開始までの準備をさせていただいた。

議事開始前に本年度副会頭が来られ挨拶をされたのちに、当団体の理事長である松山政司先輩の挨拶にはじまり理事会の各議事が進められていった。

今回は昨秋に開催した能登復興支援プロジェクトの報告や新しく組み直し大幅に若返りをさせた組織体制の発表などもされ、時間いっぱい活発な意見交換もなされ、新年度に向けて意思疎通ができた。そして休憩を挟んで総会も滞りなく終えることができ、1年間のスタートとなった。

またメンバーには昨秋開催した「がんばろう能登~ひとりじゃないプロジェクト~」の想い出アルバムが配布され、持ち帰ることにした。

 

終了後はランチにお誘いいただいたが、腰痛で皆さんに気を遣わせることになってはいけないのと、接骨院にて治療をしなければならないので、そのまま帰宅することにした。

そして帰宅しアルバムをみながら参加者やメンバーの素敵な表情やジャック・スパロウに扮した又右衛門自身を見ながら当時のことを思い返していた。

今回の理事会・総会にて監事も講評でおっしゃられていたが、様々な災害支援など活動がないことこそが本当は良いことではあるが、日本は様々な危険にさらされている災害大国。色んなことを想定して有事には実際に行動に移せる組織でありメンバーであろうという言葉に大いに共感させていただきました。

 

さ~安寧な1年間を祈りながら、いつでも動ける心構えで活動していこう。そしてまた1年後にこの場所で会えることを願うばかりである。

2025.01.09

十日えびす

今日は毎年恒例の西宮えびす神社さまへ参拝をしてきました。今年も昨年同様の宵えびす(9日)である。十日えびすは1月9日から11日まで開催をしているが、ずいぶん昔になるが11日に参拝したときに、かなり縁起が悪いようなことが起こり、それ以来最終日の11日は避けるようにしているのである。そして午前中の参拝が好ましいかと思い、朝から準備をおこなって出かけてきました。

昨年とほぼ同じ時間ぐらいでの参拝であったが、昨年より少し多くの人出であったように感じた。少しでも景気が良くなることを願ってか、多くの人が詰め掛けていた。

例年のように門をくぐり、昨年授かったお札や吉兆をお納めし、手水舎でお清めし、新しいお札を授からせていただいた。

そして本殿にて1年間のお礼を伝えさせていただき、マグロを横目で見ながら、摂社を参拝し、いつも購入させていただいている吉兆店へと向かった。

吉兆店ではいつもの方々が例年のように出迎えていただき、多く並んだ熊手やさらえ、置物などの吉兆を選ばせていただいた。そのような中から、今年の新作と案内いただいたものはじめ、5点ほどのお気に入りのものを見つけることができ授からせていただいた。そして私たちとお店の方々、さらにお客さまを交えて、とても威勢の掛け声のもと、元気いっぱいで手を打っていただけ、今年も良いえびす詣りをさせていただくことができたと実感した。

そして吉兆の方と恒例のお土産交換を行い、お互いが元気で来年も再会することを約束し、次へと足を運ぶことにした。その後神楽殿にてお札や熊手などとともに御祈祷をさせていただいた。

続いて順路に沿って進むと、今年も同じ場所でお化け屋敷が出店をしていた。このお化け屋敷は子供の頃に入ったきり、今は外から眺めるだけであるが、長年変わらずに出店されていることが素晴らしいと思う。きっと世代交代もされているが、変わらぬ感じの屋敷を拝見するたびに幼かった頃を思いだし微笑ましく感じた。

そして最後に荒えびすさまを参拝し、お礼とお願い事をして、全ての参拝を終えて門をくぐり外へとでさせていただいた。

神社の近くには多くの露店が出ており、若かった頃は、お店でたい焼きやベビーカステラ、りんご飴などを買って食べるのがとても楽しみであったのを覚えている。この歳になると若かった頃と食べ物の嗜好も変わってくるので、あまり多くを口にすることはなくなったが、りんご飴は年に一度この時にしか食べないので、今年も買わせていただいた。

そして一通りのお店を見学し、今年は焼き鳥が少なくなったな~~と感じながら、今年のえびす詣を無事に終えることができた。

このお詣りは私が幼い頃からほぼ欠かさずに来ているので恐らく50回ぐらい来ているのではないかと思う。このように50年間商売を続けさせていただいているのは、えびすさまのおかげであるとも言える。本当にありがたく思う。また今週初めには、えびす様の総本宮である美保神社さまへの参拝も出来、1年間の素晴らしいスタートがきれたと言える。

これで2025年の年始の参拝は無事全て終了。あとは私たち自身がしっかり1年間を走り続けていくことである。気合を入れて頑張っていこう。今年は新しい景色が見えそうな気がする。

ホテルの朝食に一番乗りをして、チャックアウト。外は強い風に小雪が舞い、気温もグッと下がっていたので急いでレンタカーに乗り込み、大社さまへと向かうことにした。30分ほどで到着しガラガラの駐車場に停めさせていただき正面の鳥居をくぐり本殿へと向かった。

お正月の三が日も過ぎ、また神在祭の時でもない早朝さらに不安定な気候のため、参拝者はまだらである。

鳥居をくぐり、まずは祓社にてお清めをし、本殿へと向かう。手水舎で清めた後、まずは昨年授かったお札と御幣をお納めさせていただいた。

そして拝殿・本殿拝殿にて祝詞

をあげさせていただき、続いて十九社など摂社末社をお詣りさせていただいた。

素鵞の社では稲佐の浜でいただいた砂をお納めし、代わりにお社にあるお砂を授からせていただいた。そして素鵞の社をお詣りし、とても強さを感じる岩にて力を蓄えさせていただくことができ、次へと足を運ばせていただいた。

そして神楽殿を参拝した後、上宮(かみのみや)へと向かった。行く途中は浜から突き上げてくるような冷たい向かい風に、髪の毛をなびかせながら進むことになった。心なしか上宮に着くころには髪の毛が減ってしまったような気がした。

上宮(かみのみや)とは神在祭の時に国中から集まられた神々が会議をされる場所とのことである。そのため今は会議中ではないとは思うが、毎年参拝させていただいていることもあり、1年間のお礼をお伝えさせていただいた。

そして下之宮と国譲りの話し合いをされたという屏風岩を参拝。その岩を見ながら当時神様方は互いがどのような想いで話し合い、どのようにしてお互いが納得し国譲りを成し遂げたのかな~~としばし考えている又右衛門がいた。

大きさはかなり違えど、会社を経営していると同じような局面を迎えることがあるかもしれない。そのような時に又右衛門はどのような判断をするのであろうか?しっかりとした互いに意義のある「譲り」「譲りうけ」をすることができるのであろうか?と・・・・・ただ「和を尊し」とする考えは今の私の心には深く刺さることになった。

そして因佐神社参拝を終えて、時間を見たところ、飛行機の搭乗までまだ時間があるので急いで車に乗り込み、少し離れているが美保神社さまへ向かうことにした。

車で約2時間。境港を横目で観ながら海岸線をひた走り、美保神社に着くころには、かなり吹雪いていた。この日の美保神社さまは7日えびすということもあり、多くの人でにぎわっていた。そしてちょうどお守りをお配りになられていたため行列ができており、その代わり拝殿には人が少ないため、ゆっくりお礼を伝えさせていただくことができた。これで今回の参拝は全て終了。後は空港へと向かうだけとなった。ただ帰りの途中には、色んな連絡が入り、まさに縁のつながりを感じることとなった。

強風のなか無事レンタカーを返却し、空港の待合室と機内でこのブログを書いている。まずは今年もこのように無事に参拝できたことに感謝したいと思う。振り返るとおかげさまで昨年も新しいご縁を多くいただきことができた。本当にありがたいことである。そして今年はその繋がった縁をさらに太くしていくのと、新たに産声を上げかけているご縁をしっかり紡いで形にしていきたいと思う。何といっても今年は私たちの今後を左右するようなものであるからである。

そのこともあって今回の参拝を無事終えることができたこと、またパートナーのおかげで新たなところへお連れ頂き、今の又右衛門に必要であることができたのは嬉しいばかりである。本当に感謝である。

ちなみにその出雲のパートナーとの出逢いは、話せば長くなってしまうので、またの機会にしたいと思うが、恐らく15年以上のお付き合いであると思う。私を出雲の神々のもとへお連れ頂いた方で、毎年お顔を拝見しており、今年も何ら約束することもなく、急遽電話をさせていただいたところ、お会いすることができた。いつもご縁を感じることができる方である。その方はもうすぐ定年し、お勤めを終えようとお考えとのこと。定年すれば時間が取れるので、またゆっくり一緒に出雲をまわりましょうと約束をしていただいた。

本当に出雲は素晴らしいご縁を授けていただける場所であると強く思う。本当にありがたい。また来年もこの地を訪れることができるように今年一年しっかり頑張りたいと思う。

さ~~そろそろ到着の時間。又右衛門にとって「心のふるさと」とも感じる出雲。また来るね。ありがとうございます!!!

今日は初詣で出雲の国へと向かった。前回も初詣であったので1年ぶりである。

早朝出発のためまだ陽が昇りきっていない今年初めての搭乗である。いつものように雨が降る中出発、出雲についてもやはり雨は降っていた。

空港到着後、レンタカーに乗り込み、まずは毎年参拝する素戔嗚尊が祀られる須佐神社さまへの参拝と思ったが、今日は赤口のため、11時から13時までの方が良いかと思い、今回は後回しにして、まずは最古の神社と言われる神魂神社さまを参拝させていただいた。

今日は月曜日ということもあってか仕事初めの会社の方々が多く参拝をされ、御祈祷をされていた。見たところ数十名が参列され、拝殿にあがり頭を下げてられた。恐らく社員全員で参加されているのかなと感じ、何となく羨ましさも感じた。そのような中に紛れて私も本殿にて祝詞をあげさせていただき続いて摂社、末社を参らせていただいた。

そして続いて須我神社さまを参拝。ここでも同様に本殿、摂社、末社と参らせていただいた。時間の関係で奥に鎮座される夫婦岩の参拝はさせていただかなかったが、もし皆さんが須我神社さまに参拝されることがあれば、夫婦岩にも参られればと思う。

あと須我神社さまには悪縁を断ち切る刀のようなお守りがあり、断ち切りたいときに開封をするとのことです。結構高価です(;^_^A

実は又右衛門も何年か前に、何となく必要に思い授かったのですが、今まで良いご縁に恵まれているのと、その時には望んでいないような縁であっても、きっと意味がありいつかきっと必要なご縁になると思えて、未開封のままです。

須我神社さまを参拝後は、ちょうどよい時間となってきたので、須佐神社さまへと向かい、約1時間、ちょうど11時に到着した。まずは昨年授かったお札と御幣をお納めさせていただき本殿にて祝詞をあげさせていただくことにした。

そして摂社、末社、「大杉さん」というとても大きな杉の木を参らせていただき、杉の木の根に手を当てさせていただき1年のお礼と、植物への想いを伝えさせていただくことができた。その後、いつものように近くを流れる須佐川で身に着けている勾玉やブレスレッドなどをお清めさせていただくことも無事に終えることができた。

そして最後に、新しいお札と御幣を授かり、今年も須佐神社遷宮の奉賛をさせていただき毎年のルーティーンを無事に終えることができ、出雲大社方面へと向かうことにした。

そして約1時間で大社さまの近くまで来ることができ、そのまま稲佐の浜へと向かうことにした。浜では明日の出雲大社さまの素鵞の社さま参拝のときにお供えするお砂をいただき、風のきつい浜辺でしばし時間を過ごさせていただいた。

その後日御碕へと移動。まずは素戔嗚尊が住むところとお決めになられたところ「隠ヶ丘」へと向かい参拝、そして同じ空気を吸わせていただき、とても落ち着いた気持ちになることができた。

そして日御碕神社さまを参拝し、13時も超えていることもあるが、毎年のように1年間のお礼を伝えさせていただいた。

参拝後はいつものお店でイカ焼きを食べ、とても満たされた気分を味わうことができた。

そして地元の方もあまり参拝しない月読神社を参拝。普通の参道と違って山道のため険しい。さらに降り続いた雨のせいで足元が悪く何度も滑りそうになったが何とか登りきることができ、とても良い空気を吸わせていただくことができた。

そしてその後は近くの道の駅で今まで大変お世話になっている地元の方と再会させていただくことができ、持参したお土産を渡したところ、「実は金岡さんにまだ紹介できていない場所があります」と言われ、そのまま車を1台にして向かうことにした。

その場所はどのようなところかとはここでは伏せさせていただきたいが、今の私にとってとても必要な場所であったと思える。本当に感謝である。そしてその参拝を終えて、先ほど車を置いた場所まで戻り、お互いの1年間元気で過ごせますようにとお互いを祈り合い、お別れすることにした。

その後互いは別々の道を進み、私は駅前のホテルに向かい、チェックインを済ませて、駅前で一人ディナーを済ませて、夜も更けてきたので部屋に戻り、このブログを書かせていただいた。

 

さ~明日は出雲大社さまの参拝である。明日は晴れるかな~~。

謹賀新年2025!!!

まずもって今年も平和な元旦の朝を迎えることができましたこと嬉しく思っています。

まだ陽が昇らない辺りが暗い中、毎年のように自宅の神棚を祀らせていただき、氏神様へと向かうことにした。

まずは自宅、本社の氏神様である東の宮 松尾神社を参拝させていただいた。まだ朝も早いことから境内に参拝者はほとんどいなく、ゆったりと本殿を前に祝詞をあげさせていただくことができた。

続いて境内の猿田彦様、薬師如来様を詣らせていただいた後、西の宮である天満神社に移動し参拝させていただいた。

その後、本社に移動して、神棚を祀らせていただき、続いて大阪営業所へと向かった。

元旦の早朝ということもあり、通常より道も空いていて出発から約20分で大阪営業所に到着。そして2か所の神棚をお祀りし、事業所の氏神様である春日神社を参拝し、昨年の御礼と新年の挨拶をさせていただき、境内の各摂社を参拝、そしてその帰りには、参道のゴミ拾いをさせていただいた。

その後は、活動の拠点であり、いつも大変お世話になっているJF兵庫県生花 大阪本部の中心へと向かった。

そこで土地の神様に感謝の意を伝えながらお神酒で字を書き、膝をついて新年の挨拶と、昨年のお礼、今年の決意を伝え、例年のように同じことを繰り返させていただくことができたことに、胸をなでおろすことができた。

新年早々振り返るのは良くないかもしれないが昨年のこの時には、霧雨が降りとてもくっきりした虹がかかったのを記憶している。まさに昨年はそのような年であったと言えるように、様々なプロジェクトが起ちあがり、また年末には、バラエングループの今後に大きく関係する思いがけない声掛けをいただくことになるなど、虹の橋が架かったような気がした。

是非今年はこの虹が幻のように消えていくのではなく、しっかり現実にしていかなければならないと強く思う。そのためにも引き続き皆様のご支援ご協力を何卒よろしくお願いいたします。

 

バラエングループ代表 金岡信康

植物活動家 ボタニカルプロデューサー 四代目金岡又右衛門