四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ

MATAEMON'S THINKING BLOG

2026.08.16

お盆を終えて ~一言の大切さ~

バラエンとしては新年度に入って、最初の繁忙期であるお盆商戦を終えることができた。グループとして良い結果の部門や伸び悩んだ部門もあったが、100%まかせっきりの中、それぞれの部門が工夫し、準備し、協力し合って、大きな問題や事故なく終えてくれたこと。この暑さの中、体調をコントロールして何とか掛け抜け、結果を出してくれた仲間に感謝である。本当にお疲れ様でした。

私のお盆中の仕事は、前回のブログに書かせていただいたように部屋にこもって、私の古くなったCPU内蔵の頭を使う仕事がほとんどであったが何とか来週に最低限の提案ができるぐらいまで進めることができた。その仕事の前後では例年の通り、無事にお墓参りと仏壇のおまつりを終えることができた。

皆さんにとっては必要のない情報かもだが、もし私が旅先から帰れない人になってしまったときのために引継ぎとして残しておきたいと思う。

12日の夕方は、明日おまつりする食材の購入をするためにスーパーへ。ただ自分で煮炊きはできないため出来合いの総菜を購入する。ただ高台に盛るお漬物が売り切れなのか見つけられずで結局5件のスーパーをはしごして何とか揃えることができた。

そして食材を冷蔵庫にしまい、仏壇には蓮入り仏花を飾ってから一旦帰宅した。

翌朝である13日は早朝4時過ぎに仏壇にむかう。昨日購入したものを盛り付け、お茶を添えてお供えをさせていただいた。続いて木魚を我流のリズムで叩きながらご先祖様への感謝と報告をさせていただいた。今年の春には兵庫県生花を共に歩むことになったため、いつもより長い報告となった。大阪植物取引所をこよなく愛した先代である父は天国でこのことをどのように思っているのだろうか?きっと喜び応援してくれているだろうと勝手に思いながらひたすら木魚をたたかせていただいた。しばらくして私は出勤のために、大阪へと移動させていただいた。

その後来客との魅力的なミーティングなどを終えて、夜には再び宝塚に戻り、仏壇に向かい、お供えしたお膳をお下げして明日の準備を行った。

最後にお茶湯した湯呑みをおさげし、お供えしたお茶を大きな器に移して、お線香をもって、近所の四つ角(四差路のこと)へと向かい、お線香をお供えし、お茶を撒いてお盆の初日を終えることになった。

翌日14日も朝から同じことを繰り返し、豊中の事務所へと向かう。ただこの日は、市場で競りはなく、仲卸も休業のため急いでいく必要がなかったため、少し宝塚で作業を行ってから、朝ごはんをいただくために寄り道をすることにした。

今回行ったお店は伊丹にあり、SNSで見かけたことがあって以前から少し気になっていたお店である。また何度かお店の前を通ったことはあるが、いつも並んでいて入れなかったので入れなかったが、ネットで調べてみると朝9時OPENとあったので、それなら世間がお盆であるのと朝一番はきっと空いているであろうという仮説からOPEN時間に合わせて行ったところ、無事に一番にお店に入ることができた。

メニューには定番の定食と少しグレードアップ(ボリュームもアップ)したものがメインである。ただ朝はモーニングというのがあり、その中から(二択)「夜勤明けお疲れ様定食」を選ぶことにした。選んだ理由は量的なものとリーズナブルな設定であるのもあったが、ネーミングが気に入りこのメニューの選択となった。

これが「夜勤明けお疲れ様定食」である。但しご飯は残したくないため、通常の四分の一サイズにしてもらったので、私の分のご飯は、まるでお盆のお供えお膳のサイズである。

しばらくして注文した料理が届けられてくる。私のテーブルにおいてくれるその時にウエイトレスの女性たちスタッフの方々から「夜勤お疲れ様でした!!!」と声をかけていただけた。それも元気過ぎず、明るい素敵な声で・・・・・。私は夜勤明けではなかったが、毎晩遅くまでパソコンに向かっているので今朝も疲れ気味であったが、それを吹き飛ばしてくれる一声であった。このように食事を届ける際に、義務ではないその一言があることで、こんなにも相手の受け取り方が変わるんだということを実感することになった。

食事を終えると、当たり前にお腹はいっぱいになったが、それ以上に、私にはまだまだできていないことを授けていただき、お腹以上に満たされるものがあった。感謝である。

食事を終えると大阪の事務所に向かい、片付けとミーティングを行い、夕方に帰宅。昨日と同じく仏壇にお供えしたお膳を片付け、お茶を四つ角に流して、明日の送りを残すだけになった。

お盆最後の日の15日も早朝暗い間の4時過ぎから、神棚の榊の交換を行い、仏壇へご先祖様をお迎えに行き、お墓へと送らせていただいた。続いてお墓の花を差し替え、再度拝ませていただくことにした。その後お墓の観音様、お釈迦様、六地蔵さまに献花とお線香をお供えし、日々の御礼をお伝えして、私のお盆の役割を無事に終えることができた。

この一連のつとめはあくまでも我流であるかとは思うが、先々代に連れられて教えられてきたものである。私がこれらをつとめるようになってから彼此30年近くにはなるだろうか、先代の両親は仕事が忙しくて学生時代から先々代、いわゆるおばあちゃんから受け継いできたので40年を超えるかもしれない。現在も毎年毎回私が元気にお墓参りをできることは、ご先祖様のおかげである。

朝食をいただいたお店のようにお墓の前で手を合わしたときにご先祖様から直接「お墓参りご苦労様。」との声が聞こえてはこないが、何となくだがそうささやいてくれたような気がした。数十年後?私がお墓の中に入った時、お墓参りに来てくれた身内に「お疲れ様。ありがとう。」と言えるのようであれば、四代目としての役割を終えれるように思う。その時は、ささやくのではなくはっきりした声で告げてみようかな。みんな腰を抜かすだろうな・・・・・。