四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ
MATAEMON'S THINKING BLOG
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北海道訪問2日目といっても今日に帰阪のため実際は半日の活動である。
年齢のせいか今日も数時間で目が覚めてしまい、ホテルの部屋から夜明け前の小雪が舞い散る景色を眺めながら、いろんな思考を巡らせている自分があった。

そして夜明けと同時に、ホテルをでて、凍った路面をスケートのように楽しみながら地元の静内神社を参拝し、ご挨拶をさせていただくことができた。

境内はとても広々として美しい。ご祭神は神武天皇(じんむてんのう)、事代主神(ことしろぬしのかみ)とのこと。事代主神は恵比寿様と同一神とのことであるので、先日の西宮えす神社参拝に連続しての商売繁昌に関わる神社へ参拝することができた。

境内にはお祀りされているものかはわからないが、当地の産業にかかわりの深い、碇と馬が飾られており、なるほどな~~と一人で納得をし参道の端を歩きながら、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、舞い散る小雪を肩におきながら、身も心も洗われた清々しい気持ちになれたことが、とてもありがたく感じ、とても良いお詣りができたと感じ入った。

参拝後部屋に戻って準備し、朝ごはんをいただいてから今朝の訪問予定地である上野牧場さんへと向かった。上野牧場は他の牧場に先駆けて昨年終盤から「マリネックス」を実際に使用いただいているとてもありがたい理解者である。
現在の液体タイプでは、給餌にひと手間増えるため、扱いにくい面もあるが、馬の健康のために積極的に取り入れていただけた。現時点で今までと違う目立った効果は確認できてはいないようだが、使ってすぐに効果が表れる方法をとっていないのと、今までと変わらず順調であるとのことなので、悪い面が出てこないということが効果とも言えるのではないかと思う。

最近、競走馬業界や畜産で酵素が再びはやり始めているらしく、今回の訪問でもマリネックスと酵素の違いをたずねられることが幾度かあった。実際に酵素は普段の生活でよく目にする単語でもあり、有名な酵素メーカーもあり、人にもなじみが深い。一方、マリネックスの知名度はまだまだ低い。ただ商品名のマリネックスではなく、原料である海洋性腐植からの抽出液(高濃度フルボ酸)の効果は、昨今世界中で注目が集まっており、多くのミネラルを含み、医学界からその特別な効用に注目が集まっている。さらにこのフルボ酸は世に出回るフルボ酸と異なった環境に配慮した独自の方法で抽出を行っているため、突出したポテンシャルを持っている。実際に著名な大学との共同特許も有しているほどで、、酵素とは全く違うものであることをお伝えしておきたい。

上野牧場の後は、前日と別地区のJAを訪問させていただき、資材担当の方々とミーティングの機会をいただけた。こちらのJAはデルフィニュームなど花き園芸品目の栽培もされており、私たちの主たる事業に関わりが深いJAといえる。

本所において担当部署の方々とのミーティングの後、実際の生産現場でもある実験センターへと移動し、指導員の方々にマリネックスはじめ弊社開発資材の説明をさせていただくことができた。指導員の方は、当然ながら資材などについて熟知されており、私たちの製品について事前に資料に目を通していただいたためか、その効用に理解と興味を持っていただけていた。さらに私たちの技術担当による課題解決の実績や経験をお伝えさせていただいたところ、強い興味を持っていただけ、今後に繋がる意見交換ができ、JAも早速試用を始めていただくことになりそうである。

机の上でのミーティング後は、ハウスの見学をさせていただきながらの意見交換によって、さらに互いの理解が深まったのではないかと思う。とても良い機会となった。そして今後の進め方について確認をさせていただき、今回の訪問予定をすべて終えることになった。
全てを終え帰阪につく別れ際に、現地でお世話になっているパートナーと立ち話で今後の取り組みについて提案したところ、快諾をいただけ新しいプロジェクトが起ちあがりそうである。今回は別れ際に起ちあがった急な話で互いの意向の確認だけであるため、春ごろまでに再訪もしくは、別の場所で深めていければと思う。とても楽しみである。
その後2日間お世話になったパートナーに見送られ、私たちは大阪に向けて車を走らせた。日高を出発した時は既にランチタイムを過ぎていたため、車内で食事を済ませながら、まだ残雪のある千歳に向かい、無事にレンタカーを返却し、新千歳空港で食事をしながら今回の訪問による成果の確認や今後の進め方などの打ち合わせを行い、定刻より少し遅れた飛行機で伊丹空港まで無事に帰ることができた。
今回2日間の訪問といっても往復の移動に半日ずつかかっているため、実際は丸1日だけの活動である。ただ担当の違う2名での訪問のため、短い時間を有効に使えたといえる。そして新しく取り扱っていただけるであろうJA2所と繋がりを深められたことは大変価値があると言える。

さらに私たち自らの眼で現場を確認し、直接声を聞くことによって、多くの学びを得ることができたのは確実であり、きっと今後に繋がってくるであろう。生産は講義や座学での学びによる知力も大切だが、生き物ともに朝昼晩、雨風や嵐の時を一緒に過ごせる体力、忍耐力、何よりもそれらを突き動かし、やり遂げるための信念が必要であると思っているからである。それを一人で行うのが無理ならチームで動かすことも一つの方法かもしれない。

今回そのような現場の方々にわずかであるが触れられた貴重な時間であった。短くも長くも感じた2日間。まずは無事に訪問し、帰ることができたことに感謝である。
引き続き「生産をまもる」ために実直に歩んでいきたいと思います。さ~~次はどこの地に又右衛門が現れるか?乞うご期待である(笑)
今回の北海道訪問は、長年バラエングループとしての取り組んできている生産支援活動の一環として、昨年に何度か同地区の訪問させていただいたときに、現地パートナーよって繋いでいただけたご縁から、展開が加速したため技術担当とともに現地調査を含めた訪問である。

前日の天気予報では北海道地区豪雪や暴風で渡航が危ぶまれ、実際に夕方以降は伊丹―新千歳は欠航していたようで、半分以上諦めモードであったが、日付が変わった今日は天候調査による条件便にもならずに無事に出発となり、ほぼ定刻に新千歳空港に到着した。

飛行機は問題なく到着したが空港周辺は、結構雪が多く事故を起こしている車も多くあり、前日からの天候の悪さが窺い知れた。

北海道日高地方へ向かうには車でなければかなり難しいため、レンタカーを借りて向かう。雪道運転には知識もあり、ホワイトアウト遭遇など、それなりの経験もあるものの、いつも以上に神経を使い、慎重に運転をして日高地方へと向かう。千歳周辺では前日の雪による影響か、立往生している車も見かけたが、出発から小一時間後には、高速道路の路面からは雪がなくなり始め、日高につくころには路面に雪はなくなっていた。ただはじめは雪道のため、かなりゆっくりの運転となり、予定時間から30分ほど遅れての現地到着となった。

まずは現地パートナーとミーティングを兼ねたランチを行い、今回のスケジュールの最終調整と目的の確認を共有し、まずは競走馬を育成する施設へと向かった。

育成施設では実際に今年デビューを控えた競走馬たちが、日々の訓練をしている。私が訪問した施設には、競馬ファンなら知らない人はいないであろうキタサンブラックの子どもも元気に過ごしていた。
このような管理施設は、とても忙しくされているため、長く時間が取れない。管理をしている代表の方との打ち合わせチームと、現場スタッフとのヒヤリングとチェック担当チームの二手に分かれて、それぞれ意見交換を行った。

基本的に馬の健康を重要視することは共通の想いのため、私たちの「競走馬用マリネックス(高濃度フルボ酸)」にも関心を持っていただけ、前向きな話をすることができたのと、貴重なご意見をいただけたのは大きな収穫であった。必ず結果は出せると思っているので是非導入検討をしていただくためにも引き続き現地パートナーの協力を得て進めていきたいと思う。
競走馬育成牧場のミーティングを終えて、続いて日高地方のお世話になっているJAへの訪問である。ここは昨年訪問した際に、「農業用、畜産用マリネックス」について強い関心をもっていただけ、実際に個人としても効果を確認されていることから、導入に向けての最終調整と技術担当を交えた貴重な意見交換を行うことができた。
生産に関わる人たちとの意見交換は、いつも長時間でになる。都会の商談のように30分、1時間というように区切るのは簡単ではない。この日も同様のため、別の場所に移動。そこで互いの時間が許す限り、しっかりと話し合うことができ、実際の導入向けての大きな一歩を踏み出すことができた。今までの経験上、JAにて取り扱いいただけることは容易ではないのは経験値で知っているので、本当にありがたいことである。

その後時間となったので解散。私たちは宿泊施設に戻り、私は深夜作業に備えて片道歩いて8分のコンビニへ。外気温は約マイナス8度。寒いはずではあるが、打ち合わせの満足感もあり、寒さは感じず鼻歌まじりで往復。その後時間が許す限り温かい部屋でパソコンとにらめっこしてから、ベッドに横たわることにした。さてと明日もどのような日になるか楽しみである。
今朝からとても重要なミーティングに参加し、オーナーの考えに多くを学ばせていただき、それらを実現するための対応を進めるため、各所への連絡に加え、神社参拝にて身を清めることにした。

それらを踏まえ、午後からは毎年恒例にしている西宮えびす神社を参拝させていただいた。今年も「宵えびす」である。私の父は残り物には福があるとよく口にし、「残りえびす」か10日の「本えびす」への参拝が多かった。ただ私はあることがきっかけになったのもあり、参拝する日は、平日であることと「残りえびす」でないことを優先して選択をさせていただいていて、そのことから今年は金曜日の「宵えびす」となりました。
今年も昨年の授かったお札や縁起物をお返しする。これは五代目の役割であるが今年も思ったようにお納めできることができた。大満足である。

続いて順路に沿って手水舎で清め、新しいお札を授かり、本殿にて拝礼させていただいた。

そして毎年お世話になっている吉兆店にて縁起物のお飾りを購入し、お互いの1年間の活躍と幸せを願って強く手をたたきあった。その後来年の再会を約束して、続いて神楽殿へと向かった。

神楽殿にてお神楽を舞っていただき、最後の参拝場所へと向かう。その途中には、今年もお化け屋敷が出店しており、小さな子供の手をひいてお化け屋敷につれて行こうとする親、それを嫌がり引っ張る手を振り払おうとする子供の姿の親子のやり取りを近くで観ていると、とても微笑ましく感じることになった。
その反面、本当に子どもが嫌がったらこれもハラスメントや虐待と言われるのか?など、ちょうど社内の環境改善を進める中、何から何まで型にはめ込んでしまうことで、別のぎくしゃくが生まれるように感じさせられた。かといって新たな壁を越えるために推進はしていかなければと考えているが・・・・・
数十年経っても多く変わっていない露店の光景を目を細めて眺めながら、最後に荒えびす社で拝礼した後、今回の参拝で授かったお札や縁起物をしっかり格納した後、残った時間で露店を見学し、品がないと言われるかもだが買ったものをその場で食べながら、しばし楽しませていただけた。

又右衛門の露店情報として今回は、例年と大きな変わりはないが、特に感じたのは私の好物であった焼き鳥店がかなり減っていた。鳥インフルエンザによる影響か何か理由はわからないが焼き鳥を毎年食べていた私には少し寂しく感じた。新しいとこでは私が昨年なども見落としていたかもだが、りんご飴でなく「梨飴」というのを初めて見かけてとても印象に残った。

去年から続いている険しく厳しい日々を一瞬ではあるが忘れさせてくれることができた時間は、きっと今後に生きると思える2026年の「えべっさん」参拝となった。神々や支えていただいている皆さんに感謝である。さ~~今をうつ向かず顔をあげて商売繁昌となるように新しいステージを求めて・・・・・
5日、JF兵庫県生花 梅田生花市場の初市を見届け、お取引先様や一緒に歩んでいただいている仲間に新年のご挨拶をさせていただいた後、地元あいあいパークにて簡単なミーティングを行った。
6~7日は毎年恒例にしている出雲の神々にお礼を告げるための参拝をさせていただいた。

今回の参拝も飛行機にて向かうことにしたが、いつもチェックインしているカウンターは、未だかつてないほどの行列ができており、別のカウンターからのチェックイン。地上係員の方に何故こんなに混んでいるのと聞いてみると私が東京に行くときにいつも使う羽田空港行の初便が欠航となったため、その対応でのバタバタであった。このことで予定が大幅に狂われた方には申し訳ないが、よくあるシステム障害での大混乱でなかったため、その行列と困惑する方々の傍をすり抜けるように出雲行きへの搭乗口へと向かった。

飛行機は定刻より少し早く出雲縁結び空港へと着陸。そのままレンタカーを借りて、まずは出雲参拝で一番訪れたいところである須佐神社へと向かった。

須佐神社は山間部にあるため、道路わきにはお正月の雪がまだ多く残っている。そして私が神社参拝の際によくある霧雨が降り注ぐ、その後メッセージ性を強く感じる雲が須佐神社近くに現れたため、車を停めて写真を撮らせていただいた。この写真を観られた方は色んなことを想像していただけるかとは思います。

その後しばらくして須佐神社に到着。昨年のお札を納めさせていただき新しいものを授かり、昨年同様に奉賛させていただいた後に、本殿に向かいご祭神である素戔嗚尊(須佐之男命)に拝礼させていただいた。

そして本殿後方の「大杉さん」にて、手のひらをあてながら感謝の意を伝えさせていただいた。これもいつものルーティーン。

各摂社をお詣りし、道向かいの天照大御神が祀られる天照社を参拝した後、きれいな流れの川で自分なりの儀式でお清めと日々のお礼をお伝えさせていただいた。これもいつものルーティーン。
そして須佐神社での全てのお詣りを終えた頃、大阪のスタッフから電話がかかり通話していたところ緊急速報のサイレンの大きな音が鼓膜をたたく。その数秒後、何かで体を支えながらでなければ直立できないほどの大きな揺れが襲ってきた。
周辺の民家の屋根に降り積もった雪が軒先や道路に叩きつけられた。また数分後にも余震があり、スタッフからの絶望感に追いやられるほどの連絡で心が大きく揺さぶられただけではなく、昨年からのバタバタによる弱った体だけに「これでもか!」という感じでいつもより強く揺すられたような気がした。

安全である境内近くで過ごした後、次の目的地である稲佐の浜へと向かう。そこで15年?いやもっとになるかもしれない出雲に精通した知人と再会。ちょうどこの日は仕事が休みであったのもあり、久々にここから一緒に各神社の参拝をさせていただくこととなった。

稲佐の浜で授かったお砂をもって、出雲大社の拝殿や本殿にて1年間のお礼をさせていただいた。大社でもお札を授かり、素鵞の社はじめ摂社、末社を順番に参拝させていただいた。

途中お昼ご飯代わりに大好物のぜんざいをいただくことにした。60歳を超えた壮年期?の男二人が、ニコニコしながらぜんざいを食べている姿は、周りからすると少し微妙であったかもしれない(笑)

多くの摂社・末社参拝の最後に屏風岩を前にしばらく足を止め、そこに記された言葉を噛みしめながら、そのまま因佐神社を参拝。例年の参拝より深い感謝とすがる気持ちでのお詣りとなった。

その後日御碕神社参拝後、出雲詣りでとても重要な場所としている「隠ヶ丘」を参拝。朝から続いた大きなトラブルや地震を一時的ではあるが忘れさせてくれるほどの、とても落ち着く空間で、自らを少し整えさせていただけた。
そして陽も沈みかけてきたのでこの日最後に出雲大社参拝では、とても大切な摂社を詣り、この日の参拝を終え、パートナーと一緒に夕食を行い、その後ホテルでパソコンとスマホに向かった後、夜遅くに就寝しようとしたが、心配事のせいか中々寝付けずに、浅い眠りのまま朝を迎えた。

翌朝は宿泊に朝食がついていたためありがたかったが、あまり喉を通らずの状態だったので少し勿体ないような気がしたが、それでも空腹を満たすことができたので、ホテルを出発し万九千神社を参拝、宮司さんにご挨拶をさせていただき次の目的地へと向かった。

熊野大社までの約一時間は、助手席でほとんど電話対応していたため気がつけば到着。熊野大社の次は佐太神社を参拝。この頃にはお昼をまわっていたので、帰路に着くために出雲縁結び空港へと向かった。空港近くでかなり遅めのランチとして出雲そばをいただき、再会の約束をして、空港お別れをした。

十数年ぶりに一緒に参拝させていただくことでとても効率よく、多くの神社を参拝でき、その神社ごとに多くの学びを与えていただくことができた。そして何より懐かしく温かい気持ちになる時間もあり、荒んでいた心を癒してもらえた。

さ~~次の参拝は来年のこの時期かな?それとも・・・・。
ともあれ多くの「縁」を繋いでいただけたこの素敵な出雲の地に感謝である。この出雲の地から拡がったご縁と神々から授かった教えを大切に、苦しくとも藻掻きながらも覚悟を決めて実直に前へ前へと進んでいこう。たとえ大きな波にかき消されたとしても、へこたれず夢を繰り返し描き続けよう。四代目の役割を果たすために・・・・・。
新年あけましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。心より深く感謝申し上げます。
本年も多くの仲間の顔を思い浮かべながら新しい年を迎えることができました。これもひとえに皆様のご指導ご支援のおかげでございます。本当にありがとうございました。
昨年大阪・関西万博を経験し、来年にはGREEN×EXPO横浜園芸博覧会の開催があり、私たち花き園芸業界はじめ農業や環境に配慮した様々な取り組みへの注目が高まることが必至と言えます。

近年、農業や水産に加え、畜産分野への商品開発・提供を進めてきました。そのような中、昨年にはTVドラマ「ザ・ロイヤルファミリー」が人気となり、さらに今年は午年ということもあり、競走馬はじめ馬への関心を肌で感じられるようになりました。
私たちバラエングループは、植物のみならず、馬をはじめ生き物が人とともに健やかに生きることができる環境づくりを創出していくことが責務と考え取り組んでいきたいと考えます。
私たちの業界の必要性が高まることは必至ではありますが、足元を見れば、正直順風満帆という状況ではなく、先を見通せても現実が伴っていない厳しい社会情勢でもあります。ただこのような混沌とした時代から新たなステージに進むには、国境を越えた業界の同士とともに力を併せ、実直に取り組んでいかなければならないと考えます。
さらに本年は60年に一度と言われる丙午。このエネルギーの力を借り、是非皆様ともに、しあわせな世界を創り上げていきたく思っています。
2026年が皆様にとって幸多き1年となりますこと、花き園芸業界の発展を心より願っております。本年も引き続きご指導ご鞭撻賜りますよう、何卒よろしくお願いいたします。
HAPPY GREEN(&HORSE) YEAR 2026!!!!!
バラエングループ代表
四代目 金岡又右衛門(金岡信康)
毎回、この日を迎えて同じような気持ちになることは、あらためて多くの人に今年もお世話になったおかげである証拠であろう。
対外の様々な人にお世話になったことは書ききれないが、それよりもバラエングループの屋台骨である卸事業や、販売事業に携わっていただけ現場にて奮闘いただいている仲間の積み重ねた努力があってこそだと思っている。直接伝えるのは照れるのでこの場を借りて「ありがとうございます」と感謝の言葉を贈らせていただきたいと思う。

他には国内では前回にブログにも書いた沖縄でのプロジェクトに加え、秋田の「八竜松」生産事業では、本年度より現地に赴いた仲間が軌道に乗せるべく奮闘し、その成果もあって日本を代表する著名な市場や仲卸、小売り業の方にお取り扱いいただけるようにもなってきた。着実な進展であると言える。

八丈島での取り組みは大型台風などの影響とタイミングの兼ね合いもあり進展はなかった。私たちの植物も一部大きな被害が出てしまったが、現地の方々の被害に比べると微細であるため、今後は厳しい状況にさらされた生産者の今後も踏まえて、何らかの取り組みにつなげていけないかと考え、是非今後に繋がっていくことに着手したいと思っている。

農業での取り組みでは、奈良の山の辺にて来年度から自然農法によるお米の生産販売に関わる事業を手掛ける目途がたってきた。これを今後の学びと新たなご縁につなげていければと考える。

北海道では、何度か足を運び説明をしてきたかいもあって競走馬の生産牧場での試用が始まった。新たにはじまった取り組みに、会社としても個人としても大きな期待を寄せている。またそれに付随して畜産、施設栽培においてJAが前向きに取り扱いを検討していただけることになり、年明け早々担当と一緒に商品説明と今後についてのお願いに行ってくることが決まった。ここが正念場である。他にも近畿圏で馬に関わる新しい施設に対しての検討も始まり、まさに馬(午)年と言えるにふさわしい年になりそうだ。

海外との事業においてはタイでの自社管理農場がいよいよ運用が開始され、春にはとても大切な取り組みを成功させることができた。おかげでさらに拡大した取り組みに繋がっていくことになりそうである。

オーストラリア、スペインにおいては、現地パートナーが日本で注目されている事業に必要な植物供給において、とても大切な役割を担うことができた。

海外との連携による国内事業としては、大阪・関西万博においてオーストラリアパビリオンの植物調達から植栽、管理を担わせていただき、その他多くの国から依頼をいただけ、それらに高い評価をえることができ、私たちにとっても大きな学びを得た機会となった。
さらに2027年に開催予定であるGREEN×EXPO 国際園芸博覧会においても、現在民間の単独企業では唯一であろう公認の植物調達パートナーとしての役割をいただけ、園芸博成功へのお手伝いを必要に応じできればと思っている。他にもまだまだ書ききれない新たなことがいっぱいあったが、長くなるのでこの辺で。
そして来年度には、もっと大きな動きがあるかもしれないが、慎重ながらも積極的に取り組みチャレンジしたいと思っている。何といっても来年は飛躍の年と言われる午(馬)年、それも60年に一度という丙午である。新しいことにチャレンジするには絶好の年である。

その流れに乗り遅れて取り残されないために、自らをも削ぎ落しながら、変革を恐れず、一緒に歩んでいただく強い意志と行動を共にしてくれる人を残すことなく、新たに繋がる方々とともに「実直」という言葉を忘れずに取り組んでいきたく思っている。

最後になりますが今年も1年間私の稚拙な又右衛門ブログにお付き合いいただきありがとうございました。相変わらずの語彙力や文章力で、読みづらい点も多かったとは思いますがお許しを。私にとっては苦手な文を書くブログは結構な体力を使うことになりますが皆様からの「読んでるよ!」という励ましの言葉に支えられ、何とか続けることができました。来年も皆様におだてられ引き続きいていきたいと思っていますのでよろしくお願いします。

来年も1年間本当にありがとうございました。来年1年間、実直に控えめでありながら、勇気をもって強く健気(ケナゲ)な様で世界中の方々と繋がりながら、自らの集大成にかう新たなステージを求めて、世界を駆け巡っていきます。どこかでまで皆様にお会いできますことを楽しみにしております。是非皆様良い年をお迎えくださいませ。
バラエングループ代表 金岡信康
植物活動家 ボタニカルプロデュサー 四代目 金岡又右衛門
大阪に戻り、現在の主たる事業の現場に触れ、限界を越えるべく取り組もうとしている仲間であるスタッフの姿を見つめながらあらためて沖縄でのプロジェクトを振り返る自分がいるのと週末には大変お世話になっている方々と意見交換をする機会があったため、年末最後の挨拶の前にもう一度アップさせていただくことにした。
前回のブログで書いた名護のプロジェクトにおける「何故この場所で?」「何故この時期に?」「何故期間限定?」の何故について簡単に触れさせていただく。
場所については以前に何度かこのブログでも書かせてはいるが、様々な取り組みを行うために今後の拡がりが可能であると見込める絶好の場所をパートナーが提供をしてくれたからに尽きる。
「何故この時期に?」ついては、いくつかあるが簡単に言えばタイミングと言える。本来あるべき事業の姿は建築物完成後すぐに運用し、1日でも早く収支バランスをとるのが当たり前であるかもしれないが、運用に向けて予期していなかった課題が出てきたり、本年開業し多くの方から称賛の声をいただいている都内商業施設の屋内植栽に必要な植物供給をパートナーが深く関わらしていただいたりしていたからもあるが、私はそれもタイミングであると思っている。私は時間に縛られるよりも周辺環境の変化を感じ、自身の状況と相談しながら必要と感じたタイミングが来たら腰を上げることが良いと考えることが多い。人によっては私の言い訳に取られるかもしれないが、自らのタイミングが合わないときに、無理に物事を強引に進めることは得策でないと考えているところもある。

実際に今、バラエングループの活動拠点でもある大阪営業所は、当時代表であった父が健在で私の意見などは中々取り入れられない時に、何とか理解?無理矢理?によって承認いただけ、その土地を借り入れられることができた。当時ではそんな大きな投資にもかかわらず、私は約2年間ほとんど効果的な利活用をすることなく、そのまま放置し、高額な家賃だけを払い続けている過去がある。その状況を見て代表や周りは「何をしている?早く事業を始めなさい。会社をつぶす気か?」などと言わせてしまうこともあった。当たり前である。私が代表と逆の立場であったり、現在のスタッフが同様の計画をしたりすれば十分納得がいく説明なしでは全く受け入れないであろう。
ただ今では、そのような場所が事業の拠点となり要となっている。そして何よりも現在一緒に歩んでいただけるかけがえのないスタッフ・仲間が集まってくれるきっかけとなった場所であるのは明白である。この私の先行的な動き、その後の進め方に賛否両論があるとは思うが、私は無理な稼働よりもタイミングをみて動くことを重視することもあるため、関わるパートナーのタイミングとの兼ね合いを優先し、この時期になったことは、それは良いスタートであると考えている。
そして何故期間限定なのかについては、一緒に起ち上げるパートナーそれぞれに異なる考え方もあるかもだが、私は今後本稼働に向けて、どのような活動を推し進めていくのが良いのか?方向性を確認するために実際にこの目で、どのような方がお越しいただけるかを見てみたかったのもある。

おかげさまで今回の開催によって育種家から生産者、趣味家、協力会社などや又右衛門の活動に共感いただける方もお越しいただけ今後に繋がるご縁が拡がったと言える。

実際に施設の機能性を高めるために、現実として物理的な改善や設備の拡充もしなければならないことも見えたのではないだろうか。

そして何より今回のイベント開催によって、一緒に歩む現場仲間の取り組む姿勢を拝見し感じたい。そしてみんなの意識が高まり、行動変容に繋がる機会になればありがたいと思っている。少なくとも自らの意識と行動変容に繋がったと言える。

その私の変容に影響を与える写真がこの一枚である。当日の、なんちゃってカメラマン又右衛門が捉えた写真である。どのような写真であるかは、ここでは伏せさせていただくが、この写真の笑顔が長く続いていくために、何ができるか、何を大切にしなければならないかをしっかり考えていきたいと思った。
そしてこのプロジェクトを終え、大阪の現場に戻った時に、地元沖縄で大きな話題となり、様々な意見があがっていることを多く聞かせていただくことができた。現地にいては見えてなかったことが見えてきたり、聞こえてこなかったことが聞こえてきたり、噂が真実と異なることを感じるなど、賞賛に加え、中には厳しい意見もいただけた。本当にありがたいつながりである。これからは皆さんの声に耳を傾けながら、私がこの沖縄でめざそうとする取り組みを、出発前に走り書きをした現段階の「設立趣意書」に基づき歩んでいきたいと思う。そのための第一ステージが今回であったように思える。
これからは日々目的達成のための手法が変わってくるであろう。いつもの又右衛門スタイルである。ひょっとしたら大きな軌道修正もあるかもしれない。場合によっては私の役割が大きく変わったり、私自身の必要性がなくなったりするかもしれないが、沖縄で花き園芸に関わる生産者はじめ、様々な方々にとって意味ある活動であれば、それもまた大きな収穫であると言えるのではないだろうか。
こんな又右衛門の設立趣意はきれいごとかもしれないがチャレンジする意義はあると思っているので、是非何か興味がある方は、ご一報をいただければお話することが可能であるし、ご意見ご指導をいただければとてもありがたいことである。
20日21日、沖縄名護プロジェクトを進めてきている拠点とも言える伊差川のハウスで期間限定のオープンハウスを行った。何故この場所で?何故この時期に?何故期間限定?と気にかけていただく方もいるかと思うのでそれは別の機会にして、両日の模様をオープンハウスになったかを写真中心に案内させていただきたい。

オープン初日は、やはり雨。さすがレインマン又右衛門である。しばらく沖縄で降っていなかった雨が昨晩から温室の屋根や、路面をたたいている。早い方では開場の9時間前、すなわち深夜1時からお並びいただけている方もいらっしゃる中、容赦なく雨が降り続く。そしてOPEN3時間前ぐらいから続々お越しいただけ、2時間ほど前には第一駐車場は溢れ、臨時で用意した第二駐車場へと案内することになった。スタッフの皆さんは、やはり又右衛門と笑ってくれてはいるが、少し責任を感じながらの初日となった。

OPEN1時間ほど前の少し小降りになった頃、又右衛門の活動を知っていただいている方がとてもきれいで精悍な顔つきのワンちゃんと一緒にお越しいただき、温かい支援の声をいただけた。ありがたいことである。

そして予定時刻10時に開場。背は高いが広く大きな会場とは言えないため、会場内は直ぐにいっぱいになり、一旦入場制限となる。

深夜からお並びいただいた方や早くからお並びいただいた方は、パートナーが生産した屋外アガベコーナーへと進まれた。さすがカリスマ園芸家と呼ぶにふさわしい人気度であり畏れ入る。

おいでいただいた方は私たちが買い出しにいった無料レインコートに目もくれず、冷たい雨に打たれながら、ひたすらアガベの品定めに集中である。まるで私が海外の産地や山に入った時と同じような感じである。

このような感じの混雑が延々と続き、売り場、レジの過度な混雑を避けるために入場制限を繰り返しながらが続き、順次入れ替えし、車でお待ちいただいた方順番にお入りいただいた。ちなみにこの日は沖縄で同様な植物ベントが4か所開催されているとのこと。そのような中、事前告知は殆ど行わずパートナーのインスタによって集まったお客様、他のイベントよりこのイベントを優先し来ていただいた方の多さには正直驚かされた。


ひっきりなしにお越しただけるお客様一人ひとりに親切な商品説明やとても丁寧な梱包が印象的で多くを学ばせていただくことができた。

外ではこのプロジェクトとの中心である人物、オーナー自らも来客対応だけではなく、自ら雨の中交通整理をしている。施工でお世話になっている人物も、スタッフも何ら隔たりもなく、このイベントでのそれぞれの役割をひたむきに行っていた。そしてみんなが腰を掛ける間もなく、ひたすら動き続け、気がつけば閉場の15時30分となり、一旦一息つくことができた。

その後、このイベントの進行や運営の要であったパートナーが主体となる明日に向けての準備と進め方についてのミーティングを行った後、それぞれの役割を行い、深夜組を残して明日2日目最終日の準備のためにそれぞれの役割を行った後に、その日を終えることにした。

2日目は初日の様な深夜からの来客や混雑はないものの、オープン前から多くの人がおいでいただけた。
来場者は初日に多かった趣味家や愛好家の方は少な目で、生産者の方や関係者が多く来ていただいたように感じた。それは有意義である。
そしてこのイベントをしっていただいていた元スタッフが又右衛門ヘルプで立ち寄っていただき、撮影補助などしていただけとても助かった。ありがたいことである。

この写真の数少ない又右衛門の写真はじめとてもよい写真を撮っていただけ感性の高さを感じることができた。午前中の間だけではあったが、今後に繋がるヘルプにも感じた。

お昼前には、雨も上がり始め一旦来客も少なくなったが13時からのオークションには、遠路大阪からお越しいただいた方もいらっしゃる中、開催。今回、競り子として抜擢され指名された私又右衛門は、多くの人が知っている通りの極度の照れ屋、シャイであるため、本来このような役割は極力受けないが、今回のイベントに皆さんが一生懸命に取り組む姿に心を打たれて、清水の舞台?ジャングリアの鉄塔から飛び降りるつもりぐらいの勇気をもって、競り子のデビュー戦をつとめさせていただいた。

そして世界にたった一つしか存在しないであろう植物や逸品、参加者の積極的な入札や競り子の押し売り?もある中、多くの参加者に支えられてオークションを何とか無事に終えることができた。

とても美味しく人気であるオリジナルパイナップルケーキも完売したそうで何よりである。そして気がつけばあっという間に2日目最終日が終えることになった。私はその後編集用の写真を記録に残すため電気屋や携帯ショップを駆け巡り、何とか最低限の役割を終えることができた。
その後、コアメンバーで食事をしながら、熱いアツい意見交換を行うことができた。それは今後に繋がるとても良い機会であったと言える。懐が深いオーナー、そして類をみない植物の知識、秀でた能力と感性をもつ園芸家によって取り組むものは、多くの可能性があると感じるとともに、進め方次第では全く逆効果を示してしまうことも同時に感じた。それはとても皆にとって良い機会であったと思う。

少し前の時代の花き園芸業界であればタブーとされたことも、新しい時代を迎えるためには、このような新たな化学反応を起こさねければ、停滞気味の業界から、道を切り拓くには、このような刺激的な取り組みをしなければならないとも感じることができた。

いずれにして今回このイベントに立ち会ったことは大いに勉強になったことは明白で是非今後に活かせていきたいと思う。皆様貴重な経験を本当に感謝である。余韻に浸る間もなく、植物のお世話や日々の業務に携わらなければならない現地スタッフの皆様には、この場をお借りして敬意を表したいと思います。ありがとうございました。一旦お疲れ様でした。片付け次の準備と引き続き大変かと思いますが次に笑顔で会えるためによろしくお願いします。
さ~これからどのような取り組みとなっていくか楽しみである。
20日21日に兼ねてから進めてきた沖縄名護ショーケースでのプレオープンを兼ねた2日間限定オープンハウスを開催するために昨日18日に伊丹空港を出発した。

空港で現場スタッフへの差し入れを用意して飛行機に乗り込む。隣に座られたとても親切な紳士を起こさないようにできるだけ音を立てずに、パソコンと提出資料と戯れる。寝不足続きで気合を入れるために機内サービスでコーヒーをいただいた。体調コントロールのため、コーヒーはしばらく控えていたためか、急に利尿効果があらわれ、ひたすら我慢。何とか持ちこたえて無事に那覇空港に到着。滑走路から到着口までの時間が飛行時間よりも長く感じるほどだった。

到着後まずはトイレに行き、落ち着いた気持ちになってからお気に入りのポーク玉子をGET。

お迎えに来ていただく時間の合間にベンチに腰掛けパクリとひとくち。至福の時間を過ごす。そしてせっせとデスクワークしながら過ごし、パートナーが迎えに来てくれた車に乗り込みランチミーティングを行ってからイベント準備中の名護へと向かった。



途中渋滞もなく予定の時刻に目的地に到着。そこにはまだ準備中とは言え、前回訪問とは見違えるような光景があり、その中にこの準備の全般を担っていたパートナーという言葉だけでは言い表せない関係のカリスマ園芸家の姿があった。


お互い再会を喜び合い早速、進捗状況確認の案内してもらったが、そこには言葉の説明は必要なく、仕上がり前とは言え、その光景、そこに集う作業を行うスタッフの真剣なまなざし、軽やかにも重みを感じる足音の響きは五感で心身に沁みわたり、思わずこみあげてくるものを感じた。

現場をつくっていただいている仲間は、明日の準備に向けてひたすら動く。動く。動く。何かにとりつかれたように動く。本当に頭が下がる思いである。いくら私の役割は違うとはいえ、申し訳なさを感じるぐらいであった。真っ暗になる前ギリギリに明日の来場混雑に向けての導線確認などのシミュレーション作業を行った。

そして陽が落ちると再び少しのあかりを頼りに、現場数名で作業がつづく。ここでの私にできる役割は一旦終了。キリがついたところで、この日の現場作業は終了した。
その後、本プロジェクトの代表者と施工の要であるパートナーと一緒に、ゴーヤチャンプルと、もずくを食べながら酸っぱさとほろ苦さもあることが美味しい意見交換を行うことができ明日もあるため早めに解散し、私はホテルの部屋で事務作業を行い、気がつけば大浴場は25時で終了していたので入れず、部屋でシャワーを浴びて眠ることにした。

翌朝私はホテルで資料チェックなどを行った後、雨対策に必要な資材の購入などのおつかいレベルの役割をしてから現場へ必要なものを持ち込んだ。


この日、私は現場で裏方作業や、みんなの作業を見守り記録を残す役割で終始し、1日立ちっぱなしの忙しく楽しい時間を終えることになった。
名護二日目の夜は、メインパートナーと二人で打ち合わせを兼ねた食事を大戸屋でおこない、しっかり話し合った後、明日のOPEN初日に備えて解散。私はホテルで体の電池が切れるまで机に向かい、貯まった作業を大雑把に行った。そして日付が変わり、今日こそはと、終わり間際の誰もいない大浴場に駆け込んで、明日からの2日間どのような日が待っているかを思い浮かべながら、湯船に身体を浮かべて足を延ばしてリラックスさせることができた。そして部屋に戻って、そのままの姿でベッドに飛び込んだ。当然その写真はありません(笑)
さ~明日からのオープンハウス 楽しみである。
先週のイベントに続き、昨日今日と都内で大切な方々との打ち合わせがあり上京してきた。きっと年内の都内出張はこれで最後かと思う。急な招集がない限りは・・・。

いつものように朝一番の飛行機で伊丹空港から羽田空港へと向かう。辺りまだ薄暗く肌寒く、冬至が近づいていることを感じる。

富士山を横目に観ながらほぼ定刻に羽田空港に到着。今回は急遽の対応のために珍しく時間に余裕を持たせたため、空港到着後は隣接する無料ラウンジでせっせとデスクワークを行った。ただその間色んな方からの連絡もあり、捗ったとは言えない状況であったが宿題が山積みの私にはありがたい時間となった。
そして場所を移動し、久し振りにお邪魔する大きな企業へと向かった。そこには以前に、ある海外視察にご一緒させていただいた方の姿もあり、懐かしさも感じながらの面談になった。

とても価値あるミーティングを終え、住み慣れたではなく泊まり慣れたまち新橋に到着。そこにはクリスマス仕様の汽車ポッポがキラキラしており、しばしその姿を眺めていた。

そして長年お世話になっているコンパクトな部屋が特徴的なホテルにチェックイン。荷物をおいて遅めの夕食へ。今日もよく行かせていただくリーズナブルなとんかつ屋さんへ。何故よく行きかというと、このお店は「ごはん無」でお願いすると150円値引いてくれる。私は夜にご飯を控えているのでフードロスにならずにありがたい。例えばメインのロースとんかつ定食が800円なので、そこから150円引いてくれると650円。都内でこの価格はとてもありがたい。さらにカウンターがあるのが嬉しい。私は一人だけで数人座れるテーブルで食べるのがプレシャーになるからである。とんかつ大好きな私であるが体調を考え今回は生姜焼きにしたがこれもとても美味しかった。750円也。

薄暗い公園を横切り、コンビニによってからホテルに戻るために近道の路地を通って向かった。その途中、お酒が入って楽しそうに騒いでいる比較的若いグループが道をふさいでいたので、体を横にしてうまくすり抜けようとすると、一人の男性が悪気はないのであろうが倒れ来みそうになってきたので、男性を押し返すと少し気まず雰囲気になったので、そそくさ振り返らずにホテルへと向かった。もしお酒が入った方々とトラブルになったら危ないし、私は朝食用に左手にコンビニのヨーグルト、右手にバナナをもっている状態で、言い合いなるのは、あまりにも絵面も悪いからである(笑)

しばらくして部屋に戻ってあるかないかわからないぐらいの窓から先に観える大きなビルや新しいホテル、足元に見えるガヤガヤした街並みをもていると20数年前だろうか、初めてこの便利なホテルを紹介していただいた先輩のことを思い出す。その先輩はこのホテルを紹介してくれたときに「今はこのホテルだけど、いつか高級ホテルに泊まれるように頑張る。お前も頑張れよ。」と言ってくれた。今もその応援の言葉は頭から離れない。
その先輩は色んな事業で成功され、今はこのホテルを使っていないであろう。懐かしくもあるその頃から20年ほど経った今、相変わらず同じホテルを利用している自分がいる。高級ホテルに泊まれるほどの事業を展開する成功者にはなっていないが、年齢的にもそれなりには伸ばすこともできているのと年齢を考えると、もう少しだけ良いホテルに泊まることはできるかもしれないが、私は現状を悲観してはいない。自分にはこのスタンスがあっている。確かにお金を稼ぐことには成功していないが、明らかにかけがえのない仲間、スペシャリストがいっぱい増えた。それが何よりであると思っている。私はこんな経営者もあって良いんじゃないかと自分をなぐさめながら褒めながらベッドに横になった。


翌朝、昨日のヨーグルトとバナナを食べてチェックアウト。再び路地を通り駅前につくと宝くじ売り場が目に入り、しばし眺めていた。その時には、この宝くじに当たっても、同じホテルを泊まっているであろうな~~と薄笑みも浮かべながら、間近に控えた大切な打ち合わせのために駅へと向かうことにした。

午前には新しくお話する大きな企業の方との面談、午後もいつも大変お世話になっている信頼のおける企業との面談。そのミーティングでは。とても励みになる支援の言葉をいただけ、心強く思え勇気ももらえた。

そして帰りの飛行機は運よく窓側であり天気が良かったので富士山が近くで観れると楽しみに機内へと入った。その後めったにないことだが座席でパソコンを抱えたまま倒れ込むように寝落ちしていた。そして気がついてすぐに、あっと思い窓の外に目をやったが、そこには富士山の姿はなく、同じような高さの美しい山なみがあった。
それを観たとき、誰かがメッセージをくれたような気がした。「日本一高い山ばかりを見上げていないか?その場所をめざしてしてないか?」と。そしてあらためて、一つが抜きんでることも素晴らしいかもしれないが、多くの仲間と頭を揃えて、上をめざしている姿の方が、さらに美しいのではと感じることができた。

今回の都内は新しいことへのつながりを持てたことともありがたかったが、あらためて自らを見つめ直すことができた年内最後に相応しい都内出張となった。