四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ

MATAEMON'S THINKING BLOG

今日は広島県三原市本郷を訪れた。最近国内外の出張やイベントが続き、中々休みがとれなかったが、予定していた出張が延期になり、急遽丸一日という貴重な時間が天から降ってきたので、先日の大水害からずっと気になっていた広島へ行こうと思い立ち、お世話になっている古田氏に連絡。そして受け入れていただけることになった。

朝、430分出発。730分ごろに三原駅に到着。三原駅は初めての訪問。

まずはたこちゃんが出迎えてくれた。どうやら三原はたこの街らしい?タコを見つめながらブラブラしていると、そこに今回お世話になる宮田さん、くみさんが迎えに来てくださった。

そして、車に乗り現地へと向う途中で、支援物資などを保存する倉庫からスコップなどの道具を、窓のないスーパー軽トラに積み込み、車2台で向かう。そして、現場近くのコンビニで、今回の参加の手配などをとっていただいた古田親子と再会、活動開始時刻までまだ時間があったので、宮田氏の案内で現地の状況などを見させていただいた。

ここは、土石流が起こった現場。今もまだ大きな岩が残っており不安である。

 

ここには、宮田さんの知人の家があったのだが、土石流に流されたとのこと。跡形も残っていない状況である。表現できる言葉も見つからず詰まってしまう。


ここも土石流による被害があったのだが、宮田さん、古田さんはじめ多くの方が支援に入り、少しずつ復旧が進んでいっていた。私たちの訪問を迎えていただいた時、とても温かく、いかにボランティアの皆さんによる継続的な支援が、被災された人々を支えてきたかが窺い知れた。


そして定刻9時に集合。そこで今日の活動場所と役割分担が行われ、注意事項などのガイダンスがあり、早速それぞれのチームが任地へと向かった。

私たち宮田チームは、2m近く浸水したお宅の壁や土の除去作業である。早速取りかかることにする。


とっても良く晴れていたのは良かったのだが、その分暑いのと、粉塵が半端ではない。マスクを二重にしてゴーグルをつけても、完璧には保護できないのと、汗でゴーグルが曇ってしまう。


そのような中でも、黙々と作業を進めていく。一見、か弱き女性にも見えるくみさんや古田さんの三女も、粉塵まみれの中、せっせと土を取り、運んでいく。それも苦しいそぶりをみせずひたむきに・・・

熱中症対策もあり、定期的に休憩をし、水分をまめに取る。そんな時、古田さんの三女がお手製のはちみつレモンをふるまっていた。学生時代のクラブ活動を思い出させてくれ力が湧いてくる。素敵な心遣いが胸に刺さる。


そして、一旦お昼で全体での作業を終えた。さらに私たちのチームは昼食後、やり残した作業を引き続き行ったり、仏壇や流しなど大きな荷物を運び出したり、キリのいいところまで行い、大まかな清掃をし、本日の作業を終えることになった。

このお宅は、中々大工さんなども順番待ちで来ないので、御自身で補修を行いながら頑張ると言っておられました。相当ショックな災害であったとは思うが、悲壮感も漂わせず、一緒に作業する姿、帰り際には、笑顔で最後まで手を振って見送ってくれていた家の方がとても印象的であった。くれぐれもお身体を大切にしながら、前に歩んで行っていただきたいと思います。ありがとうございました。

そして、本部に戻り荷物を降ろし、ここで宮田さん、くみさんとお別れ。短い時間でしたが快く私を受け入れていただき、素敵な時間をご一緒させていただくことができ、本当に勉強になりました。お二方の素敵な表情は眼に焼き付いています。是非またお会いできることを楽しみにしています。本当にお世話になりました。ありがとうございました。

そして帰り際、別の場所で活動されているところを訪問。ほんの少しの時間でしたが、県内外の人が力を合わせ一生懸命取り組まれている姿を拝見し、さらに力をもらうことができました。

そして、今回ここに導いてくれた素敵な古田親子に駅まで送っていただき、帰路に着くことになった。その帰りの電車では改めて、この活動を通じていろんなことを学ばせていただき、貴重な時間を過ごさせてもらえたことをかみしめていた。

また私にとって広島は特別で、昨年オーストラリアの開発によって行き場を失い、途絶えかけていたバオバブの命を繋いでくれたというご恩がある。

 

そのお返しができた。そのお返しに来たというわけでもないし、そういうつもりもないが、ただただ感謝の気持ちが伝えたかった。そして文章は下手だし、しゃべりも下手な私には、実際に皆さんと一緒に行う活動でしかなかった。そんなわがまま勝手な想いを笑顔で受け取っていただけた皆さんには感謝でいっぱいです。本当に本当にありがとうございました。

作業中に宮田さんが言っていた。作業を終えると粉塵のせいか目ヤニでいっぱいになると・・・。

確かに、帰宅後このブログを書きながら既に目ヤニでいっぱいである。きっと宮田さんが言われたように、粉塵のせいであろう。

 

ただ私は、それだけではないと思う。私は仕事をする中で、さまざまな思いの人と出逢っているうちに、目が曇り自らの方向性を見失いかけた時もある。そんな私にとって、皆さんの笑顔での活動は眩しかった。その姿が目に焼き付き、曇ったものが目ヤニとなって出てきたのだろうと思う。


おかげで又右衛門の視界は良好である!!!

今日は、かわしまかずよ先生の生徒さんが主催されるパーティーにご招待いただき出席させていただきました。実は私、又右衛門は、かわしま先生の生徒の一人。ただ生徒の中で一番短く、できの悪い生徒であったのが私であったと思う(^^;) そのことは後ほど触れさせていただくとして・・・

今回いただいた招待状には、「かわしまかずよ先生はアトリエでのお花の仕事を引退され、次の夢に向かってスタートされることになられました。つきましては先生の新しい門出のお祝いと今日までの感謝の気持ちを込めて・・・・」と生徒さんからのメッセージが・・・。先生が素敵であれば、これまた本当に素敵な生徒さん。と感じながらの出席である。
朝一番から用事を終わらせ、パーティー会場へ急行!そして昼頃に到着。会場はとても素敵に飾られた花が多くあり、熱気ではなく温かく優しい気が溢れていた。

 受付を終えると、胸にはブートニアを。そしてWelcomeドリンクをいただき、生徒さんにすすめられ2階へと進んだ。2階の会場も素敵な花で飾られ、お洒落な飲み物や料理も用意されており多くの来場者でにぎわっていた。そしてそこには、先日かわしま先生の紹介にて鹿児島でお会いさせていただいたハーブやパンジー&ヴィオラの匠 庭人の片山さんもいらっしゃり、再会させていただいた。
片山さんは匠というだけでは足りないほど、頑なまでにパンジー&ヴィオラを愛し、自らの考えを貫き通す、現代には珍しくなってしまった先輩である。

そんな片山さんが又右衛門の生き様をご評価くださり、とても素晴らしい提案をもって来てくださった。是非来年には皆さんに驚いていただくことができる企画が提案できると思う。その助走を今年の年末にご提案できると思うので乞うご期待。

少しパーティーから外れてしまったので話を戻して、このようにかわしま先生には、自分の利害には関係なく、素敵な方を紹介していただける。きっとそれは私にだけではなく、多くの生徒さんにも同様だと思う。
フラワーアレンジメントの技術だけではなく、このようなお人柄が、多くの人を惹きつけるのであろう。
このように先生の少し若い写真も工夫し飾られていた会場は、本当に花も人も空気も素敵であった。 是非かわしま先生の~夢のはじまり~を大いに期待したいと思いながら、素敵なお土産もいただき会場を後にした。このようなパーティーにご招待いただき、心より感謝です。本当にお世話になりました。ありがとうございました。そして帰り道、このブログの冒頭でも触れたことをあらためて思いだしていた。それはかれこれ30数年前、私が花業界に入って間もないころのこと。あるご縁があってかわしま先生からはじめてのフラワーアレンジを教えていただく機会を得た。そしてその教室となる会場と私の会社との途中に先生のご自宅があったため、私が、レッスン終了後、先生をお送りする役を担った。そして初めてのレッスンで、たった数時間しか教えてもらってないにも関わらず、厚かましい私は先生に「どうでしょうか?」とお聞きし、先生からは「はじめてなのに良い感じでできています!」と言っていただけた。

普通なら喜ぶべきところなのだろうが、見た目にも飛び切り素敵なものが作れなかったと感じていた私は、自らの判断で「先生、私は自分が習うより、先生のような素敵な方と一緒に仕事ができる環境を作る方面で頑張ります!」と厚かましい言葉を残し、その後のレッスンは先生を送ることを役割とし、お花を習うことは殆んどしなくなった。

その選択が正解であったかどうかの答えはまだ出てはいないが、現在そのような形に進んでいるように感じている。かわしま先生にとっては一番短く出来の悪かった生徒であるかもしれない。

さらに先生と出逢ってしばらくして、私の叔父とかわしま先生が、とある職場でご一緒させていただいたこともわかる等、不思議な縁を感じている。先生とのご縁も叔父が引き合わせてくれたのかもしれないとも思える。 
毎度ながら縁は本当に不思議で素晴らしい。私も先生からのご縁を大切にし、さらに拡げ、多くに人に繋げていけるように頑張らねば!!!

今日は、ガーデンセンターで注目を集めるオザキフラワーパークさまで、なんとこれまた注目を集めているWEBメディア『LOVEGREEN』やフリーペーパー『Botapii』の仕掛け人、石塚秀彦さん(ストロボライト代表)とのトークセッションが あり、朝一番の飛行機で都内へと向かった。実はオザキフラワーパークの尾崎社長とは、知り合いになってから、まだ8ヶ月ほど。さらに石塚代表とは、活動は拝見していても面識はないという状況でのイベントであり、シャイな又右衛門にとっては、少し不安なイベントでありながら、素敵な場所、素敵な方とのトークセッションであるためワクワク感もあり現地へと向かった。 そしてお昼前にオザキフラワーパークに到着。ちょうど尾崎社長は店頭にいらっしゃり、ご挨拶。実は先月シンガポールガーデンズ・バイ・ザ・ベイ訪問にご一緒させていただいたので、まるで近くの方に会うような感覚にも思えた。まず、オザキフラワーパークにあるカフェで、ランチをご馳走していただいた 。これはおすすめのランチ。まずはスターターにスープとオムレツ。続いて新鮮な地元野菜をふんだんに使ったプレート。素材が良いので味も良い。見た目も素敵なのでさらに美味しく感じる。最後にはコーヒーまでついていて、又右衛門はガソリン満タンとなった。 その後、打ち合わせで少し時間があったので、店内を見学。 エスカレーターや店内いたるところに私の写真やポスターを貼っていただいており、恥ずかしいやら嬉しいやらであった。
当然これだけ貼ってあったら、多くの人が私に気づき、にこりと笑っていただいたり、声をかけてくれたりした。
そしてトークショー前に石塚さんはじめストロボライトの方々、そして今回のイベントの立案企画などをしていただいた、とても頼りがいあるオザキの秋田さんとで、簡単に打ち合わせをさせていただき開催までしばし時間を過ごした。
 そして定刻より少し遅れてトークセッションが始まった。司会進行の石塚さんに呼んでいただき、満員になった会場の皆さんから拍手で迎えられ入場させていただいた。その時、緊張はきっとMAXになっていた。
そして皆さんにご挨拶をさせていただき、席に腰掛け話を始めさせていただいたのだが、やはり緊張していたせいかはじめは少しギクシャク感があったものの、石塚さんの匠なリードで、口が開くきっかけを作っていただき、何とかペースを創ることができた。
最近講演などをする機会があるのだが、やはり100名近くになると中には数名、眠そうな顔をしている人が見受けられるのだが、今回はそのような人は全くおらず、さらにほとんどの人がとても温かい眼で私を応援するかのように見つめ、とても優しい表情で相槌を打っていただき、そのおかげで本当に気持ちよく、楽しく普段着でお話させていただくことができ、気がつけばアッと言う間に1時間半が経った。
その後質疑応答の時間を設けさせていただいた。とても熱心なご質問や応援メッセージをいただくことができ、 素敵なトークセッションとなったと思う。
 トークセッション終了後には希望者には又右衛門シールと缶バッチを配布させていただいたが、ほとんどの皆さんがお持ち帰りいただいたようで、これもまた嬉しく感じた。
その後は売り場では多くの方が実際にオリーブや植物に
触れていただき、それぞれが植物のメッセージを感じ取っていただいたようである。

また来場者と記念撮影などをさせていただき、さらに熱い応援のメッセージや握手をいただくことができ、オザキフラワーパークさんでの素敵な一日を終えることができました。
今年になって幾度か講演、TV番組出演などさせていただくことができたが、その中でもこのトークセッションは心に残るものになった。 それはテキストを前においた講演やテレビカメラに話すような一方的なものではなく、目の前の素敵な来場者、素敵な会場、素敵なオザキさんスタッフ、素敵な石塚さんチーム、素敵なパートナーに囲まれてのイベントであったからだと思う。 まるで今まで純粋な小さな子供たちの前で行わせていただいた「又右衛門授業」と同じような感覚であったようにも思う。本当に皆さんのおかげで思い出に残る一日になった。素敵な機会をいただいた皆様に本当に感謝である。
 またどこかで皆さんに再会できること、 新しい出逢いができることを期待し、植物のメッセージを抱えて世界を歩きまわりますので、見かけたら是非お声掛けくださいませ!

ではでは~~。ありがとうございました!!!



P.S.8/26(日)まで『Tokyo Wonder Botanical Summer! 30days!』と題しまして、

又右衛門プランツの展示即売会を行っております。またこのイベント以外にも本当に素敵な植物がいっぱい並んでいますので是非来店をおすすめします!!!

 

オザキフラワーパーク

住所:〒177-0045 東京都練馬区石神井台4丁目6−32

電話: 03-3929-0544

https://ozaki-flowerpark.co.jp

セネガルから帰国し、若干の時差ぼけの中、「宝塚23万人の線香花火大会」にスタッフと共に参加させていただいてきた。

これは宝塚観光花火の復活につなげるイベントとして企画されたもので、燃焼時間150秒という日本一なが~い線香花火に同時点火する人数でギネス世界記録TMに挑戦!というものである。
少し早めに到着。受付を済まして、河岸で寝そべり、少しの間、ゆっくりしていた。

すると多くの人に、「お帰り~~」「元気そうでよかった!」など、温かい声をかけていただき、随分身も心も癒された。
さらに、いつも近くにいるスタッフの不思議な行動にリラックスさせていただくことができた。

私の登録番号は1196(いいくろ)である。だからと言って何もつながりはないが(^^;)

ルールとしては、一人一人決められた10秒間のうちに、自らの手で線香花火に点火させなければならない。それは決して自分以外の人に補助などをしていただくことができないというものである。
そして、19時のオープニングセレモニーを終え、いよいよ点火の時間がやってきた

GO!の相図から約3秒後、私は無事に点火することができた・・・・
STOPの合図とともに終了となった。その結果は集計に約1時間かかるとのことであったので、再び河岸でリラックスタイム。

そして待つこと1時間半 集計結果が発表される。その数1713名。今までの記録1700名を超え、見事ギネス達成である。
結構ギリギリの雰囲気があり、無理だったのではとの空気感もあったので達成できたときには本当にホッとしたのと同時に、とてもうれしかった。

お祝いのサプライズ打ち上げ花火などもあり、会場は大いに盛り上がりをみせていた。

会場を後に帰路につく。途中、振り返った時に、個人やチームで世界に挑戦し、達成した時の歓びもあるが、多くの見知らぬ人と一つのことに取り組み、そして達成できたときのまた違った感覚の歓びもあるものだと感じることができた。
このような素敵な機会を作っていただけた実行委員会の皆様、本当にありがとうございました。
次は又右衛門が多くの方々にまた違った歓びを得ていただけるようなものを創り上げていきたく思っておりますので楽しみにしておいてくださいませ!

9日に日付が変わった深夜1時前に出発予定の飛行機が、約1時間30分ぐらい遅れる。それも特に何が原因かもわからないが、出発ゲートに長い時間待たされ、何度も並び替えさせられての出発に、多くの乗客がため息をついていた。私の眼にも明らかに不手際感が満載に写っていた。


そして機内に乗り込むが、楽器が大きく一苦労。でも何とか収まり、TAPポルトガル航空でリスボンへと向かう。

そして飛行機は遅れたがリスボンで1時間以上はあるかなと思ってWiFiにつなぎ作業をしていると、スマホの時刻と実際の時間に隔たりがあり、遅刻寸前と判明し、慌てて搭乗口へと向かう。

 搭乗口は既に開いており、慌てて私も乗り込んだ。そしてさっきと同じように、大きな楽器を何とか載せて、今度は定刻よりやや遅れて、リスボンを離陸した。

そして約2時間30分のフライトでフランクフルト空港に到着。乗り換え時間は約一時間。フランクフルト空港は広く到着がAゾーンの一番端で出発はZゾーンだったので余裕がないので速足で大きな楽器を抱えて出発ゲートをめざした。

そして何とか時間内に乗り込むことができ、最後のフライトとなるフランクフルト発のルフトハンザ航空で関空をめざした。

フライト時間は約10時間30分。関空到着は10日朝である。そしていつものように機内で最後のブログを書いている。


今回、はじめてのセネガルで、限られた時間であったが、かなりうまく活動できたと思う。
最初と最後には結構
きつい洗礼もあったが、それもこれも含めてとても素敵な訪問であったと言える。

バオバブをはじめ素敵な植物にも出逢えた。
素敵なナーセリーとも出逢えた。
現地で活動される素敵なJICA職員・隊員の方々にも出逢えた。

更に在セネガル日本国全権大使閣下までも、私の訪問を歓迎していただき、激励のお言葉をおかけいただけた。本当に本当に感謝です。

 そして厳しい環境でありながら、一生懸命生活をしている現地の人に多くを学ばされた。

そして今回のセネガル訪問を非常に価値あるものにできたのは何よりも現地で私のアシスタントをしていただいたTOMOさんのおかげである。彼女は私の行動を把握し、ホテルや車など全て手配し、訪問中の数日間フランス語やウォロフ語を駆使し、案内をしていただけた。ご自身も仕事をされているので全日程のお助けとまではいかないが、来られない日は電話でドライバーを誘導していただいたり、私に適切なアドバイスをしてくれたり本当に助けていただいた。彼女でなければこのような結果は無かったと言えるであろう。

私はいつも独りで渡航しても必ず素敵な人が現れ手助けをしていただける。本当に恵まれた男だと我ながら思う。

そしてこの国でもそんな素敵な人たちと一緒に過ごしたり、活動させていただいたり本当に有難かった。

 またいつの日かお世話になった皆さんに一回り大きくなった又右衛門をお見せできるように頑張ります。

そしてまたお逢いしたいと思う。

大きなバオバブの木の下で・・・再び・・・。

 

今回も相変わらずの乱文、誤字脱字ひどいと思いますがお許しくださいませ。そしていつもお読みいただきありがとうございます。これで又右衛門 セネガルへ。を書き終えます。

 

素敵な人や植物が溢れる国。セネガル。本当にお世話になりました。ありがとうございました。

そしてネコちゃん。元気でね(涙)

今日の深夜に帰国の途につくので、本日が現地で活動できる最終日になる。まずはいつものように朝食を食べに行く。

 まずはお気に入りのバオバブジュースを飲みほす。通常朝食は7時スタートのはずだが、ゆっくり準備のスタッフは、結局全部出そろうのに8時までかかっていた。そのおかげではないが、心地良い潮風にうたれながら、すっかりなついた友だちとじゃれあい、デスクワークをすすめながら、最後の朝食を楽しんだ。

そして、ホテルでTOMOさんと、最終オーダーシートの確認などを行ったのちに、市場調査のためMbourへと向かった。

ここMbourは大きな市場であり、多くの人が集まる。当然そのためにかなり用心が必要である。

 比較的治安が良いセネガルであってもこのような大きな市場は細心の注意を払わなければならない。実際にリュックどころかポケットにも平気で手を入れてくるのである。ただこれはセネガルに限らず、人が多く集まるところでは常に起こっていることである。



海側では、魚が売られている。その匂いは結構凄い。苦手な人は数分ももたないだろう。新鮮な魚がいっぱい並んでいると言われても、地面かテーブルかわからないとこに、多くのハエがたかっている状況は、まるで岸に打ち上げられ、そのまま放置され死んでいる魚と変わりなく感じてしまう。どうしても日本の環境との違いに違和感が出てしまう。



また包丁で刺身のように切る習慣があまりないらしく、中にはすり身にして販売している人もいる。

 陸側では、食品から日常品まであらゆるものが売られている。その店舗数は数えきれないほどである。


ビサップの花やバオバブの実も売られている。その他にも多くのものが売られていた。そしてこの地にはあまり長居しないほうが賢明と思い、目的のものを購入し次の区域へと移動した。 

 ここでは頼まれものをしていたので 見てきた。コラという楽器である。セネガルやマリで使われているものである。そこでうまく信用できる店を紹介していただけ気に入ったものを購入し、車に乗り込みこの地を離れた。


そしてTOMOさんのオフィスと工房を訪問。TOMOさんが創り出すインテリア雑貨は私の専門外ではあるがその精度やセンスの良さは私でもすぐわかる。海外で人気であるのもうなずける。きっと彼女とコラボすると面白いモノやコトができると感じた。乞うご期待といえるかもしれない

 そしてお腹もすいてきたので、近くのお店に連れていっていただきセネガルの代表的料理チェブジェンをいただいた。おすすめのお店ということもあり、かなり美味しかった。


ただそこから私のうっかりで地獄を味わうことになってしまったのである。それは付け合わせにある唐辛子から食べてしまったのである。見た目はピーマンの小さなものかと思ったので、一気に丸ごと食べてしまった。その辛さは相当であった。聞くと地元の人でも辛すぎて食べない人が多いとのことである。

普段辛いもの好きの私は今まで色んな辛いものやもっと辛いものを食べてきたので平気だと思っていたが、すきっ腹に一個丸ごと一気に食べたものだから、その辛さに反応したのは口の中より胃の中であった。

食べて数分後、胃に激痛が走る。まるで鋭利なナイフを飲み込んでしまったかのような痛みである。美味しいものを食べながら、これはやばいとすぐさまわかり大量の水を飲むが一向に収まる気配がない。たまりかねてトイレに駆け込む。あまりの痛さに、お腹を抱えトイレの中でしゃがみ込むどころか倒れてしまった。そして何リットルも水を飲み胃の中を空っぽにしようと試みるが中々そうはいかない。正直頭の中では、今日は帰れないだろうとも思いながら意識も遠のいていく感じがした。そしてまた水を飲み続けるといただいたご飯は出ることもなく唐辛子が出ていくのがわかった。何故かというと喉と口の中に激痛が再び走ったからである。

 

すると少しずつ胃の痛みが和らいできて、何とか起ちあがることができた。そして席に戻ると万能薬ともいえるバオバブジュースを何杯も飲み続けることで、再度動けるようになった。話を聞いていると少し大げさのように思われるかもだが本当に痛かった。結石や靭帯断裂、複雑骨折など様々な痛みを経験してきたがその中でもトップクラスのものであった。私にとってこの数十分はまるで地獄のような時間であった。



その後、TOMOさんから提案いただいていた空中からのバオバブの調査であったがこのような体では無理かなとも言われたが、この機を逃したらもうできるときはないかもしれないと思い、最後の力を振り絞って小型飛行機に乗り込んだ。



飛行機というかまるで大型のドローンに乗るような気分である。

 まずは滑走路を走り離陸 一気に高く上がり、眼下に街をみる。



そしてバオバブフォレストへと向かう。

 今までバオバブは見上げることばかりであったので、上空からバオバブをみたり、同じ高さでバオバブの森を走り抜けたりするのは当然初めてで、本当に鳥になったような気分でとても爽快であった。そしてその瞬間一気に胃の傷みは消えていった。本当に不思議なぐらいに。さっきまでの地獄から天国に登れたような気さえした。



飛行中の映像は出来れば動画をお見せしたいぐらいである。可能であればFacebookであげてみます。そして短い空中調査ではあったが、バオバブが自生しているところの条件や、立ち並ぶ規則性、さらに木の成長点などを観ることができとても価値ある学びとなった。そしてさらに飛行かバオバブジュースのおかげかは断定できないが随分回復させることができたのが何よりだった。

 そのように大げさだが天国と地獄を味わうことができ価値ある体験であった。そしてその後は最近はやってきたワックスの生地やセネガルテイストのものを探しに行きサリーというにぎやかな街へと向かい、見学をしてきた。

 そして夕方、一旦ホテルに戻り、汗びっしょりの身体を洗い流して、帰りのパッキングを行った。

 そしてTOMOさん一家と夕食兼最終ミーティングをホテルで行い、夜9時半本当にお世話になったTOMOさんと再会を約束して、お別れとなった。本当に手際よく献身的に助けていただいたおかげで、予定の数倍のことができたのではと思う。本当にありがたく思った。



そしてガソリンスタンドで頼んでいたものを受け取り、ブレーズ・ジャーニュ空港へと向かう。そして無事到着した。ここで長い期間ハンドルを預けていたドライバーチームと固い握手を交わしてお別れとなった。

 

後はチェックインを行い、このいっぱいの荷物を無事に日本に持ち帰れば今回の任務は終了となるのだが・・・。

 

まずは荷物を預けようとチェックインカウンターに行くと重いから預け入れ荷物は1個のみと言われる。そんなわけないでしょ?と強くいい、メンバーズカードを差し出すと、もう一個追加を受け入れてくれた。ただそのためには段ボールのままでは不可能なのでラッピングをするようにと指導され、結構高額なラッピングを行った。

そして再びチェックインカウンターに行き、荷物を預かっていただき、チケットをもらい出国手続きの長蛇の列に並んだ。しばらくしてやっと順番がまわってくると思ったときに、ふとチェックインカウンターで渡したカードがないことに気づく。財布にもポケットにもない。まさかカウンターで渡したまま返してもらってないのではと思い再びチェックインカウンターに戻る。

そうすると案の定、軽い感じで「あるよ!」と当たり前のように渡される。確かに返してとは言ってないが、明らかに返し忘れでしょ!と思ったが、まー何よりも戻ってきたことで十分なのでホッとし、笑顔であらためて出国手続きの長蛇の列にならんだ。そして数十分後無事手続きを済ませ、定刻からかなり遅れた飛行機に乗り込むことができた。その頃には日付も変わっていた。

本当に今日も色んなことを経験できた貴重な一日となった。さ~後は無事に帰りつくだけである。早くネコたちにも会いたいものである。

今朝はいつもより少し遅めのスタートのため、ゆっくりデスクワークの後に、出発した。


車で約1時間半。JICA隊員と待ち合わせのジョフィオールの市役所に到着。1時間ぐらい早着したので近くを独り歩きしてみた。

ここはセレール族が多く暮らしている。セレール族は比較的シャイな人が多いらしい。子どもも私をみて寄ってくるのではなく、恥ずかし気に距離を置く。

 

大人たちは挨拶することを重んじ、行き交う人が私に「サヴァー」「ボンジュール」と挨拶をしてくれる。たまに「オラー」などとも。もはや私はどこの国の人?と思ってしまう。

そしてぶらぶら歩いていると前方からJICA 佐藤隊員が歩いてきてくれた。実は前日に
事務局で簡単な挨拶をさせていただいたので、任地での再会である。

まず佐藤隊員は近くの人への挨拶を丁寧に行っていく。そしてその時、先ほど私が独り歩きしている時に、周りの方々に挨拶をきちんとできていなかったことをご指摘いただいた 。そしてあらためて、きちんとご挨拶させていただき優しく迎え入れてもらうことができた

 その後まずは「腹が減っては、戦はできぬ。」とばかりにランチをいただき、その帰り道でプチマルシェを訪れた。

 そこには大きな袋に詰められた古着などが多くあり、販売をされていた。


決して良いできとは言えないが地元で採れた野菜や輸入の果物が売られていた。

 そして移動し農業訓練校を訪問。ここで村人は農業を指導員から学んでいる。多くはフランスからの指導員とのこと。

落花生やオクラなどが植えられている。訓練校ということもあり、普通の畑よりきれいに管理されている。基本はオーガニックである。

続いて種屋さんではなく、苗屋さんを訪問。野菜や花の苗を種から栽培し販売をしていた。

ちょうどそこに女の子がビサップジュースを凍らせたものを販売に来ていたのでいただいた。 

かなりのピンボケで申し訳ないです。一袋約5円とのこと。早速いただくがかなり甘い。というのもセネガルの人は半端ないぐらいに砂糖を使う。そのため糖尿病も多いとか。確かにそれもうなずけるほどの甘さであった。

そして糖分補給もできたので畑へと向かった。ここで佐藤隊員は村人と一緒に活動をしている。

村人は8時過ぎから10時ごろまで働くと帰ってしまい、また17時ぐらいに集まり仕事をするとのこと。比較的自分ペースであるので中々前に進まないことも多いとのこと。口にこそされなかったが、きっと多くのご苦労があるであろうと察することができた。


今回私が訪れたのが、お昼過ぎからであったので村人には会うことができなかったが、佐藤隊員と一緒に草ひきなどをさせていただけた。

私の行った部分は本当にほんの少し。なんちゃってのフィクションと言われてもおかしくないぐらいしかお手伝いはできていない。性格上美化するようないい加減なことやフェイク報道は嫌いなためあらかじめお伝えしておくことにします。

 ただ限られた時間の活動ではあるが、隊員と一緒に草をむしりながら、ネットや報告などでは知ることができない話などしていただき、とても勉強になった。

そうして私の帰る時間となり、ここで佐藤隊員とさよならである。佐藤隊員には、任期残りの10か月くらいをこれまでと同じようにしっかり活動され、多くのことを伝え伝えられながら任務を全うしていただきたいと思う。そして元気な姿で、日本で再会できることを楽しみにしています。本当にお世話になりました。

任地からの帰り道の約1時間半。JICA隊員から学ばせていただけたことを思い浮かべていた。このセネガルにおいてまだまだ伝えてあげられることがあるのではないだろうか。又右衛門として何ができるかなどを考えていた。そんな機会を与えていただけたJICA職員、隊員に感謝し、敬意を表したいと思う。


そして植物を通じて一緒にできることを今後も模索し、いつか形にしたいと強く思うことができた。皆さん本当にお世話になりました。

ホテルに戻り、持ってきた非常食をいただきながらこのブログを書いています。

さて明日はとうとう最終日。夜に帰国の途につきます。明日は何が待っていてくれるか楽しみです。では明日も大事に活動します。おやすみなさい。

今日は大事な訪問とミーティングが3つあるので、遅れないように準備を整えホテルを出発した。

ドライバーは前回と同じである。ダカールの手前ではとても渋滞をするので余裕を持って出たが、2時間半以上かかり、結果としてはちょうど良い時間の到着となった。
まずはJICA セネガル事務所を訪れた。ここでは事務所長の森谷様と土井様にご対応いただけた。そして私たちの自己紹介と、今後セネガルに期待することや可能性などのお話をさせていただき、またJICAとしての考え方やセネガルの現状などについて親切に多くのアドバイスをいただくことができ、とても貴重な時間となった。

そして昼食後、車で移動し日本大使館を訪問。ここでは在セネガル日本国大使館特命全権大使でいらっしゃる大森様にご面談いただくことができた。

大使閣下にも、私たちの活動や、今回セネガルに来た意味や、今後についての私の考えをお伝えすることができた。そしてアドバイスもだが、是非との激励のお言葉を頂戴し、今後の私たちの活動に対し大いに励みになった。本当に有難い時間であった。


そして時間となったので、次回訪問時は形にして報告にまいりますと言葉を残し、次の目的地をめざした。

大使館から約45分 セネガルの農業省に到着。ここで活動される児玉様とミーティングの機会をいただくことができた。児玉様とは今後について具体的にできそうなことをお話しすることができ共感もいただけた。そしていくつか面白く価値あるプロジェクトを具現化していくことができると確信することができた。

今回の訪問はどちらも約1時間という限られた時間ではあったが、皆さんに私の訪問を歓迎いただき、挨拶だけではなく、とても中身の濃いディスカッションをさせていただくことができ、実際に大きく前に動き出せそうな感じがした。

 

そして帰りの車の中で、又右衛門としての役割も明確になってきたと同時にその重要性をしっかり肝に銘じ今後も兜の緒を締めて頑張っていかなければならないと感じた。

 

今日は本当に意義深い1日となった。私のために時間を割いていただいた方々、この場をセッティングしていただいた方、きちんと私を指定の場所に時間通りに連れていってくれたドライバー、そのサポートしてくれた皆さんのおかげです。本当に感謝です。

そして約1時間半でホテルに到着。そして今日の自分へのご褒美として一人ディナーでお肉を食べようと注文した。が、肉には間違いは無かったのだが、イメージしていたものとは全く違う料理がでてきてしまった。フランス語は全くわからない(^^;)

 

こういうときだけは、私は何よりも植物と話せればいいという持論に疑問をもってしまいます(笑)

 


さ~セネガルでの活動時間も残り少なくなってきた。最後の最後まで気を引き締め頑張ります。

明日も良い1日になりますように~~。おやすみなさい。

昨日は日付が変わる前に寝ることができたので薄暗いうちから起きて、かすかな灯りでデスクワークを始めた。コンセントもWiFiもない。おまけに机もないので、ベッドのサイドテーブルを蚊帳の中に引きずり込み仮設デスクにてはじめてみた。


 

あたりは波の音に時折風の音が混じりとてもいい気分。そのような中で仕事?と思うかもだが、このような場所だから進む仕事もあることを実感することができた。きっと今のコンクリートや新建材の壁で囲まれたオフィスのリノベーションに、うまく活用できる応用できるのではと思っている。


 そしてパンとコーヒーのみの質素な(笑)朝食をいただき、その後、お目当ての植物を求めて島を歩いてみることにした。

 決して自然以外はめぐまれているとは言えない状況であることは一目でわかる。 

しばらくして黒ヤギさんに出逢う。何故か急に頭を「黒ヤギさんがお手紙食べた♪」のフレーズが流れ、少し悪い子のような気がした。

でも20日からの儀礼祭では多くのヤギがお供えとなってしまう。黒ヤギさんもお供えの対象かはわからないが、少し可哀想にも感じてしまった。もしそうであるならあと2週間、手紙でも、お札でも何でも好きなものを食べてしまえばいいよと思ってしまう。

そうこうしていると2種類の植物が絡み合っている珍しい植物に出逢うことができた。相当な年月を経てこのようになったのだとその不思議さに驚きを感じた。

 引き続き島内を周り、時間となったので再びボートに乗り込み、マングローブを横目に丘へと戻った。

そして沿岸部でも生息しているバオバブを確認してきた。この辺りは海水なので実際は海水でも育つということがわかる。本当に強い植物だとわかる。

 バオバブの小島もあり、その雰囲気はとても素敵であった。


その他に豊富なバオバブをうまく利用したツリーハウスを見かけた。そのユニークさは文字で表現はできないので写真をふんだんに・・・


機会があれば是非泊まってみたいものだと思った。

そしてそこからほど近い所に「聖なるバオバブ」と呼ばれるセネガルで一番大きいと言われるバオバブがあるという情報が入り向かうことにした。

確かに大きい。樹齢は850年とのこと。何となくもう少しあるのではと感じる。

そしてここのバオバブは少し違った使われ方をしていると教えてもらう。

何とお墓である。オーストラリアでは牢獄にしていたりしたがここはお墓である。ただどんな人でも入れるお墓というわけではない。グリオと呼ばれる昔からの言い伝えなどを繋ぐ語り部を埋葬するところであるとのこと。
文字を持たない民族のため語り部の役割は大切であり、崇められていたのでこのバオバブに埋葬しているとのことである。

 

家になったり、お墓になったり、食料になったり、セネガルにおいてバオバブは本当に密接にかかわっているのだということを知り、色んなことを学んだりすることができた。


 

そして夕方となったのでホテルをめざす。その帰路でまた珍しいものに出逢う。

白いバオバブが目に入ってくる。写真ではわかりづらいだろうが他のバオバブに比べて明らかに白い。何故白いのか?枯れているのかどうなのかを確かめてみたかったが、立ち入りの許可がいるかもしれない場所なので、今からの時間では許可をもらうことは厳しいため、至近での調査はできなかった。

今後の課題と思っている。




そして街中を走り抜け、ホテルの近くまで戻り、今日お世話になった同行者とディナーをいただき、日付が変わる前に何とかホテルに到着することができた。

明日は大事なミーティングや面談が分刻みで待っている。その準備をしてから眠りたいと思う。そしてまた皆さんに良い報告ができるように頑張ります。

おやすみなさい。

今朝は4時に起床し活動を始めた。当然あたりは真っ暗である。急ぎの用事があるというわけではないがホテルにいる間だけが何とかネット環境が保たれているのでデスクワークと、今日の宿泊地が変わるため一旦荷物をフロントに預けていくためにパッキングしなければならないからである。

そしてある程度目途が立ち、7時30分ごろ朝ごはんを食べに行こうと部屋を出ると、友達が迎えに来てくれた。それも今回は子ども?を連れてきてくれた。きっと紹介してくれたのだと思う。

そして昨日と同じ海が見える屋外に腰かけ朝食をいただいた。普段と違う景色での朝食は色んなことを感じさせてくれる。おまけにグラス越しに写真を撮るなど、なんちゃってではあるがカメラマン気取りもさせてもらえるのが面白い。

そして朝食も昨日よりグレードアップされている。実は昨日は少し手抜きであったみたい。それをフロントの人がスタッフに注意をしたため、今回はクロワッサンにチーズやフルーツもついていた。さらにハムまでも出してもらえ、お腹いっぱいいただいた。

 そして出発のため、荷物を翌日までフロントに預けようと持ち込んだら、フロント曰く、週末で混んできているので、一旦部屋をリリースすると帰ってきても部屋がないかもしれないとのこと。こちらにすれば明日からの2泊も予約済みだからそれは無いでしょ?と強くいったが、必ず部屋を確保したいなら、一泊分の代金を支払って、荷物を置いていった方がいいよと言われ、ありえない会話?交渉?の末、結局部屋に荷物を戻し、部屋の鍵を持ったまま視察に出掛けることとなった。



写真は本日のドライバー。ナイスガイである。

 平日であればかなり渋滞するが今日は土曜日ということもあり約1時間半でナーセリーへ到着。

 ナーセリーと言っても日本でいう植木団地のようなところである。海外ではよく見かける光景である。

当然日本で流通している植物とは大きく品質が違う。特に気になる植物はない。

 たまにビスマルキアなどは見かけるが、この地から輸入することはほぼ無理であろう。

そして車で移動しながら何軒かを見学させていただいたが、特に興味があるものは見かけられない。

 小腹がすいたのでバナナをいただいた。そしてまた他の店も見させていただいた。特に何も見つけることはできなかったが、この国の状況はある程度把握できたかなと思うので、この辺で終わりにして、高速にのって移動した。

 

途中でランチをいただく。フランス系のドライブインのようなところで、チキンと野菜のワンディッシュにコーラがついて約1,000円。決して安くはない。日本の方が安くて美味しい。地元の人がいく食堂であれば一食300円ぐらいであるだろうが・・・

 

そしてバオバブを横目に観ながら車で約1時間30分移動し、アシスタントをかってでていただいているTOMOさんに教えられ、あるナーセリーに入った時に一目惚れするようなものに出会うことができた。



何とも惚れ惚れするヤシである。名前を教えてもらったが、ググってみても何となく違う。数人
に聞いても同じ名前を言っていた。ただナーセリーの人は品種や名前など特に気にせず販売しているので、正直あてにならないとも言えるので、帰国後もう少し調べてみたいと思う。

そして一旦ホテルの部屋にもどり、パッキングしたものから1泊の荷物を取り出して、ある植物のルーツやユニークな自然に触れるため次の目的地に向かった。

 

 いくつかの街を通り抜ける。よく似た光景だが、売っている物や、品質が少しずつ変わっていくのがわかる。

面白いものである。

 渋滞しながら2時間ぐらい走っただろうか、自生しているヤシやバオバブが多見えてきたので車を降りて探索。

 

そして奥に進むと倒れながらも、しっかり生きているバオバブに出逢う。



ここまで完全に倒れながらも、また芽をふかせ、しっかり根をはらせるであろう何とも凄い生命力に感動した。

 そして目的地近くの港に到着。ここで車を置いて、ボートで宿泊地へ向かう。 

 緩やかな風を受け、静かな海をボートで進む。何とも爽快な気分である。まるでリゾートで訪れたかのような錯覚をさせてもらえる。


 

そして30分ぐらいでホテルに到着。ちょうど素敵な夕焼けを観ることができた。

 

しばらくして、夕食をいただいた。

肉厚の白身魚にクリームソースがとても美味しかった。

 

そして部屋に戻り、今日の視察整理のためデスクワークをしようと思ったが、この島には電線が通っておらず頼りは小さなソーラーパネルなので電気は大切に使わなければならない。そのため部屋にはコンセントもない。机もない。ここに来たら仕事から離れて自然を満喫しなさいということであろうと妙に納得し、夜のデスクワークは諦めて、早朝から陽が登ればやろうと切り替え、その後しばらく光り輝く空を見上げながら、日付が変わる前に真っ暗の部屋で一人就寝した。