四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ

MATAEMON'S THINKING BLOG

今日も朝一番の飛行機にて、羽田空港から都内へと向かった。

まずは都内にて植栽の管理作業を行い、昼からの会議のため横浜へ向かう。予定より少し早く到着したので、中華をいただこうとお店に入ると、気になるメニューがあったので注文してみた。

確か『国際スポーツ競技応援』と名付けられていたと記憶している。とてもカラフルな小籠包に魅かれて注文をしてみたが、実際に来たものはメニューの写真よりもはっきりとした色で驚きである。味は普通の小籠包であった。

そして時間となったので関内にて開催される『GREEN × EXPO 2027 花と緑の共創推進会議』に出席をした。
GREEN × EXPO 2027とは、2027年に横浜で開催される国際園芸博覧会の正式略称である。そして開催に向けの推進体制『GREEN × EXPO 2027ラボ』が発足した。

『GREEN × EXPO 2027 花と緑の共創推進会議』は、挨拶にはじまり、会議体の概要、2027年国際園芸博覧会の概要、『花と緑の参加』について説明がなされ、その後参加者間で意見交換がなされた。

質問や意見が出され、中には決意表明などもあり、活況な議論となった。せっかくなので私も少し口を開かせていただき、「素晴らしい日本の伝統や文化もさることながら、未来に向けた提言やチャレンジを示し、環境に調和した園芸博であること。さらに、団体だけではなく、若い担い手が積極的に関わるべきではないか。」と述べさせていただいた。いつものようにたどたどしい日本語ではあったが・・・・

その後、キーマンの方々から国際園芸博覧会の成功に向けてのお言葉などをいただきながら、多くを学び、士気を高めて会場を後にした。

翌日の植物園訪問のために伊豆へと移動しながら、私が花卉関係の仕事に就いてからしばらくして開催された大阪花博を思い出した。年月を経て、再びこのような大きなイベントに携わることができる喜びを噛み締めた。

私たち生き物は全て植物の恩恵を受けながら今の命がある。特に花卉園芸業界はその植物によって生業を立てている。であるならば園芸博の主役であろう植物に、常日頃恩返しをしなければならないと思っている。
バラエングループはその想いの達成のために、多くの資材や技術の研究・開発を行ってきており、今ではいくつかの特許申請を行うまでに至った。それは私の力ではなく日々植物、農業、園芸に対して真摯に向かいあう研究者たちのチャレンジの賜物である。本当に頭が下がる。

私は引き続き必要な人や技術を終結させ、『植物をまもる。生産をまもる。地球をまもる。』ため、健康な植物(みどり)の力で、社会の課題を解決する取り組みを進めていきたいと思っている。引き続きご指導よろしくお願いします。

しばらく電車に揺られて伊豆に到着した頃にはとっくに日も沈み、辺りは真っ暗で月明かりが素敵であった。さてと、明日も素敵な出会いがありそうで楽しみである。

今日は大阪にてLLP ニュービジネスサポート・システム会議&新年会が開催され、組合員として出席をしてきた。

LLPとはあまり聞きなじみがないかと思いますので簡単に。

LLPとは:有限責任事業組合(Limited Liability Partnership)は、創業を促し、企業同士のジョイント・ベンチャーや専門的な能力を持つ人材の共同事業を振興するために創設した、1. 出資者全員の有限責任、2. 経営の柔軟性、3. 構成員課税の適用が特徴で、法人格のない組織形態です。(経済産業省HPより)

ということである。そしてLLP ニュービジネスサポート・システムに金岡又右衛門も出資参加をしている。
本事業組合には、大起水産(株)の佐伯会長をはじめ、大阪大学 小林名誉教授、近畿大学の名だたる先生方など、大阪で特色をもって活動するメンバー約20名が集まり、昨年創設されたユニークな団体である。

そして本日、2023年の第1回会議が大阪富国生命ビル テラプロジェクトまちラボAゾーンにて開催された。

参加者それぞれが活動報告を行い、今後について議論をさせていただくことができた。

会議終了後は地下鉄で移動、天下の台所 大起水産 八軒家浜 まぐろスタジアムにて、新年会が開催された。

さすが大起水産 佐伯会長のご手配ということもあり、私の生活では普段なかなかありつけないトロなどが提供され、参加者との情報交換の合間にとても美味しくいただいた。

さらにお隣には近畿大学の塩崎先生がいらっしゃり、大変多くを学ばせていただくことができた。塩崎先生には、植物の効能や又右衛門の活動に興味をもっていただき、新しいプロジェクトを起ち上げる可能性を一緒に模索していくことにもなり、身も心も満たされたエキサイティングな1日となった。

節分を機にいろんなことが動き始めていくことが実感できている。正直、今の私はしっかり形にしていくには実力不足である。しなしながらすべてがとてもありがたいご縁である。何とか形にさせてみたいと思っているので皆さん引き続きご指導ご協力のほどよろしくお願いいたします。頑張ります!!!

1日は、いつものお朔日参りをさせていただいた。

いつもと同じく、自宅、本社、営業所の神棚のお祀り、各氏神様の参拝を終えて、リモート会議に出席ののち、大阪市内で開催される花の国日本協議会『FLOWER SUMMIT in 関西』に参加した。

FLOWER SUMMITは、以前お話をさせていただく機会をいただいて以来の参加で、少し懐かしい。ただ久しぶりと言っても役員の方々は普段から様々な会議でご一緒させていただいたり、一緒にプロジェクトを動かしていたりしている方も多い。

初めてご挨拶させていただく方もいらっしゃり、とても有意義な時間を過ごさせていただいた。

2日は、ワクチン接種や社内会議、資料準備などがあり、あっという間に1日が終わる。

3日は、三度都内へ。いつものように朝一番の飛行機で羽田へ向かう。今回は電車でなく、羽田空港からはリムジンバスで移動。行き先は東京ディズニーランド。なぜ東京ディズニーランドかというと、今日の夕方から『全国花き業界若手会 2023』が隣接のホテルオークラ東京ベイにて開催のためである。

ほどなくしてTDLに到着。私は他の乗客とは別の方向である駅の方へ向かって歩き、混雑した舞浜駅に到着。そして駅周辺施設で、2社と面談させていただいた。

最初の1社は、私たちバラエングループの新しい取り組みについてお話をさせていただいたところ、強く興味を持っていただくことができ、早速取り組んでいきましょう、ということになった。前日のアポ入れがこのように急激に進んでいくとは、うれしい驚きである。

その後は、若くとても活躍されている方とのランチミーティング。とてもきれる頭脳と行動力の持ち主である。私の若かったころに似ていると言いたいところだが、私より能動的でビジョンもしっかりされていて力強い。このような方が活躍され花き園芸業界にムーブメントを起こしていただけることに大いに期待である。そしてこのような若い方々が力を発揮できる環境づくりをしていかなければならないと感じた。

ランチミーティングを終えて、次の会議までは時間があったため、人が少ないところに移動し、朝コンビニで買ってきた恵方巻をしっかり無言でいただいた。何をお願いしたかはここでは内緒である。
そしてカフェでデスクワークを行い、時間となったのでホテルオークラ東京ベイへと向かった。

会場にはすでに多くの方が到着されていた。

定刻に開会。藤目会長による挨拶から始まる。この藤目会長こそが、この若手会の牽引者である。

そして南房総『awahana!!』による発表があり、令和元年房総半島台風からの復興のお話などを聞かせていただいた。あれだけの被害を受けながら、あきらめずに見事に復興された皆様の強さには、頭が下がる思いである。

その後、著名なフローリストの方々による南房総の花を使った素敵なデモンストレーションが開催され、花の技術とトークに惹きつけられているうち、あっという間に第一部終了となった。

懇親会場に移動し、第二部が開催された。第二部は立食形式のパーティーで、多くの人とご挨拶をさせていただく機会をいただいた。普段は関東地方の生産者とはあまり接点がないため、私にとっては貴重な時間となった。その後、私は一足早く退席をさせていただき、宿泊地の新橋へと向かった。

新橋駅からホテルへ向かう途中にある自動販売機に目をやると、その中には焼き芋が・・・
いったいどのようなパッケージになっているのか?ガタンと落ちてきたときに形が崩れないのか?果たして美味しいのか?など気になるところではあったが、500円を出す気にはなれず、今回は見送ることにした。

日付が変わろうとしている頃に、マダガスカルの友人である音楽家から連絡が入り、日本での活動の相談があった。中々興味深いことである。畑違いではあるが、せっかくのお話なので何か良い取り組みにつなげていければと思っている。乞うご期待である。

このようにして2月3日の長い1日が終わりとなった。2月3日は節分。新しい1年の始まりである。そのような始まりの日にふさわしく色々な扉が開いた日となり、明らかに恵方に向いた素敵な日となった。

昨年開催された(公社)日本植物園協会による技術者講習会と第3分野会議について掲載されました。

引き続き植物をまもるために学び、そして伝えてまいります。

2023.01.31

再び都内へ

都内での活動を終えて週末帰阪し、週初めから再び都内へと向かった。

今回の主な目的は、2023年ドーハ国際園芸博覧会屋内出展運営委員会に出席のためである。

委員会は午後開催であるが、私はいつも出張の際には1日を有効利用するために、ほぼ朝一番の飛行機を予約するようにしている。そして今回もその時間を使って、JFMA(日本フローラルマーケティング協会)訪問の機会をいただくことができた。
私はJFMA開設以降常務理事を務め、現在も顧問を担っており、長年お世話になっている。現在の又右衛門の思考に大きな影響と学びを与えてくださった組織である。そしてこの日も大変お世話になっている松島専務理事に面会し、花き園芸業界の現状や今後について情報交換をさせていただくことができた。とても忙しい中、私の訪問を快く受けていただけ本当に感謝である。

そして午後からは三田に移動し、ドーハ国際園芸博覧会屋内出展運営委員会に出席をした。昨年のアルメーレ国際園芸博覧会の経験を活かし、さらに魅力的な出展となるよう、活発な意見交換となった。

会議終了後は、宿泊地であるいつもの新橋に移動。その途中で連絡が入り、明日急遽は赤坂へ向かうことになった。その資料作成や準備のため、早めにホテルにチェックインし、デスクワークを行うことにした。

翌日、朝一番に赤坂にて新しい植栽の打ち合わせと次回の調整を行った後、移動することにした。

帰阪のフライトまで時間があったので、昨年OPENしたOTEMACHI ONE GARDENを見学させていただいた。

さっと全体を見学させていただいたが、報道で見るのとはかなり違った印象だった。木々がどのように育っているか、春にでも再度拝見させていただこうと思った。
そして近くでランチをいただき、羽田空港へと向かった。

搭乗便はJALなので第1ターミナルだが、今朝のニュースで第3ターミナル直結のHANEDA AIRPORT GARDENが本日OPENとのことであったので、モノレールを途中下車して、搭乗時間ぎりぎりまで見学させていただいた。

今まではなかった店舗が多くあり真新しさを感じることができた。

奥に行くと広々とした吹き抜けがあり、ホテルや温浴施設、飲食店舗が並んでいる。全体的にゆったりとしたデザイン空間で素敵であった。

ただ少し残念なのは、植物がとても少なかったことである。入口や各店舗には開店祝いの胡蝶蘭やスタンド花が並んでいたが、それを除けばフェイクグリーンなどが主で、生きている植物が少なかった。様々なリスク回避や、OPEN当初の混雑を予想して今後設置する予定なのかもしれないが、せめてもう少し・・・と思ってしまった。

ただ興味深い新しい店舗も多くあるので、空港まで行かれた際には、ぜひ寄られてみればと思いますよ~~~。私も再訪する予定です。

そしてギリギリ飛行機に駆け込み伊丹空港へと向かった。

今回もいつものように積極的に動き、足元から崩れ落ちるぐらいバタバタの出張となりうれしい悲鳴となった。さ~、早くも1月は終わってしまった。来月も頑張っていこう。

一昨日都内で活動し、伊丹空港に帰る飛行機が着陸した時に、「今朝、降っていた雪は止み・・・」と機内アナウンスがあったので、安心して飛行機を降りると、雨が結構降っていた。確かに雪は止んだけど・・・しかし。この雨では愛用の駐車場までは20分ほど要するため傘が必要と思ったが、毎度傘を買うことに抵抗を感じていた。そう言えば、確か思いやりの傘?が空港に設置されたことを思い出して、そこへ行ってみると。

そこには1本の傘が立っていた。これはありがたいと思い早速手にした。

少し骨が出ているかなとは思ったが、「私はついている!普段の行いが良いからかな?」と思いながら駐車場へ向かった。そして、傘を開くと・・・

ダメージがいっぱいで、普通はほぼ使わない状態であった。ただ雨は降っていたのと、パソコンや大事な書類が入ったカバンをどうしても濡らす訳にはいかないので、傘を差すというより、ビニールの部分でカバンを覆うような感じで遠く離れた駐車場へ向かった。

この傘でカバンを守り、高架下の雨が降り込まない場所を縫うように歩いた。駐車場に着ついた時、傘は写真のような状況になってしまっていた。この状況を見ながら、「本当に助かった。今度はお礼に車に載っている余分な傘を持って行こう。」と思った。

そして上記の出来事をFacebookにアップしたところ、タイムラインやメッセージでいろいろなご意見をいただいた。

「助かりましたね。」「最後の役割ができて傘も喜んでいるでしょう!」とお声掛け下さる方もいれば、「私なら最後の一本を手にするのではなく、誰かのために置いておく。」とおっしゃる方も。確かにおっしゃる通りですね。自分のパソコンや書類などを守りたいという思いから、他の人のことまで考える余裕がなかったことに気が付いた。ありがたいアドバイスある。

また親しき人からは次のような言葉をいただいた。
「骨は折れ 身はボロボロになりて なお 傘の役目は忘れておらぬ
蛇の目傘 蝙蝠傘など数あるも役目果たさぬ傘も 使いよう
ただ一途 傘には傘の使命あり命 尽きるも 主を守らん」

とても素敵な言葉で、深く考え感じ入ることができ、心に刻みたいと思った。
同時に、私の主である植物(みどり)を引き続き守っていきたいと強く思うことができた。

傘さん、ありがとう。本当に助かり、多くを学ばせていただくことができました。感謝です。
そして近いうちにお借りした傘を幾倍かにしてお戻ししたいと思います。

昨日今日は、ミーティングなどがあり都内での活動となった。1日前は10年に一度の最強寒波到来の報道が繰り返し行われていたので、飛行機は飛ぶのか?都内は混乱していないのか?など気を揉んだが、出発の朝こそ自宅周りで一部路面凍結はあったものの、幹線道路もスムーズに空港へ到着することができた。

飛行機も混乱なく、定刻に出発。

富士山を横目に資料作成しながら、あっという間に羽田空港へと到着。

着後、すぐに三田へ移動。そして東京のスタッフとリアル・ミーティングを行った。

そして午後からは、委員を担わせていただいている「2022年アルメーレ国際園芸博覧会政府出展屋内展示 第3回運営委員会」に出席した。

委員会では、主催者からの今回の博覧会の報告がなされ、日本の花き園芸が高く評価され大変意義のある博覧会となったとのことであった。関わられた方々には様々なご苦労があったかと思う。本当にお疲れ様でしたである。

終了後は、私が関わらせていただいているプロジェクトの担当者とミーティング、今後について色々と話し合うことができた。

翌日は、都内でお世話になっている大きな企業とのミーティング。久しぶりのリアル・ミーティンであったので、屈託のない意見交換をすることができたと言える。

午後から、以前より大変お世話になっている先生を訪ね、筑波実験植物園へと向かった。
ここでは主に植物について多くのことを学ばせていただくことができ、貴重な時間となった。
そうこうしているうちに時間は経ち、帰阪の最終便に乗るために植物園を後にした。
駅までの道中、教えていただいたことやいろいろ考えごとをしながら約40分で到着。往路と同じくつくばエクスプレスに乗車し、羽田へ向かい、定刻出発の飛行機に乗りこんだ。

今回の出張が今年最初の都内での活動である。出発までは天候など問題が多くありそうな出張であったが、実際には何ら不便もなく、時間通りに全てが進んだ効率の良い出張になった。

さて今年は都内には何回行くことになるだろう。どのような年になるか楽しみである。

公益社団法人日本青年会議所 京都会議にあわせて、国立京都国際会館にて開催されるNPO法人 BRA-国境なき奉仕団の理事会と総会に出席をしてきました。

京都は朝から小雪が舞う中での開催であったが、全国からメンバーが集まり理事会が開催された。

地下鉄の駅から国際会館までの地下通路には日本青年会議所メンバーが集まっており、一緒に歩くセネター会員の私も、約20年前の現役時代に戻ったような気分になりながら会場へと向かった。

京都会議は日本青年会議所メンバーであれば誰もが知っているイベントであるが、メンバーではない方のために少し触れさせていただくと、新年に入り新しい会頭が1年の方針などを発表し、その年の活動開始を宣言するようなものである。
そして各LOM(国家青年会議所の中に属する各地青年会議所。例えば、又右衛門が所属していたのは大阪青年会議所)から出向している日本青年会議所メンバーが一堂に会するのである。

その同時期に、日本青年会議所のセネターで構成される国境なき奉仕団の年初めの理事会・総会が開催され、理事の役割を担っている私も出席させていただくのである。

時間より少し早めに到着した私は、理事会メンバーが元気な顔で到着するのを拝見し、とてもうれしく思った。3年ぶりの再会のため尚更であった。

まず松山政司理事長の挨拶に始まり、議長が選出され、審議が進められていった。会議は参加者全員がパソコンを持ち込んでのペーパーレス会議である。
そして審議を終え、協議・討議では活発な意見交換がなされ、予定時刻に理事会を終えた。
休憩をはさんで総会が開催され、理事会での審議事項が可決された。

総会では、参加メンバーから一言ずつ挨拶があった。中には、いつ何時招集がかかってもすぐに赴くことができるよう、常時パスポートを携帯している人がおり、私はその意気込みに感心させられた。私も同様の気持ちであるが、よく落とし物をするため、パスポートの常時携帯はあまりにもリスクが大きい。しかし、心の中で沸き立つものがあり、自らの気持ちを再確認することができた。

記念撮影終了後、メンバーは日本のそれぞれの場所へと戻っていき、私も同様に駅へと向かうことにした。

次にこのようなメンバーが集まるのは理事会会場であるのか?それとも厳しい環境におかれている国・まちなのか?それとも紛争地域か?などを思いながらの帰路であった。
3年ぶりに再会ができ、皆さんの熱い思いを共有できたことは、今後の大きな励みになったと言える。本来であれば私たちのような活動がなくなるぐらい、世界中が幸せで溢れることが一番である。そのために、引き続き自らのできることを実直に行っていこう、という気持ちが高まった1日となった。

今日は1月10日。10日と言えば私にとっては、まずえべっさん(十日戎)が頭に浮かぶ。それは小さな頃から両親に連れられてほぼ毎年参拝していたからである。

ただ参拝と言っても子どもの頃は、イカ焼き、トウモロコシ、りんご飴などの露店が楽しみで付いて行っていたのが本音ではあるが・・・。

えべっさんは、皆さんご存知の通り1月9日~11日まで執り行われ、主に商売繁盛祈願のお参りである。その三日間のうち9日が宵えびす、10日が本えびす、11日が残り福、と言われている。私はその三日間のうちで仕事の都合に合わせ、今年は10日の本えびすにお参りさせていただいた。

2年前のえべっさんは、COVID-19の影響で露店はほぼ出店していない状況だったが、昨年から少しずつ増えており、今年はほぼ例年のようにお店が並んでいた。そしてマスクはしているものの人手が戻り、活気が戻りつつあった。そのような中、正面である通称赤門をくぐり本殿に向かう。

ひと昔前のような混雑はないため、ゆったりした気持ちで順路を進み、途中で神札を授かり、本殿にてお賽銭をおさめた。そこでしっかりと1年間のお礼を伝えさせていただくことができた。

そして西宮名物の本マグロを拝ませていただいたが、ここもそれほど混雑なく、スムーズに進むことができた。

そして、しばらくすると福笹を授かる場所があり、それを過ぎると多くの吉兆(さらえや熊手などの縁起物)を販売しているお店が所狭しと並んでおり、多くの方がそれぞれの思いでお店を選び、その中から吉兆を選んでいる。

私は以前からお世話になっている福富さんを訪問。福富さんも私たちが来ることを待ってくださっており、特別なお土産まで用意していただいていた。

そして数ある中からインスピレーションで、熊手と宝船などを選んだ。昨年は厳しい環境の中、スタッフが頑張ってくれた。そのお礼と今年の祈願を併せて、ひと回り?ふた回り?大きなものを選んだ。

そして福富の皆さんと私たちで大きな手拍子を打って、お互いの健康と商売繁盛を祈願した。続いて、お神楽にて祈願をさせていただいた。熊手を持って、多くの人に声を掛けられながら順路をすすむ。

毎年恒例のお化け屋敷を横目で見ながら、最後に「荒えびす」さまを参拝し、帰路についた。

例年であれば、ここから先の露店で食べるのが楽しみであるが、まだCOVID-19の影響があるのと、大きくて重い熊手を息子に持たせた心配もあったので、そのまま西宮えびす神社を後にした。

そして大阪営業所、本社と順番にお札をお社に納め、吉兆を飾り、恒例の行事を無事滞りなく終えさせていただくことができた。

おそらく今年も昨年と同じである。読み返してはいないが昨年のブログでも同じことを書いていると思う。でもこのように同じことを同じように繰り返しできることは何よりであると最近つくづく思う。ご支援いただいている皆様や、実直に取り組むスタッフのおかげである。

新年の参拝に続いて、えびす様参拝でしっかり準備が整えることができた。
さ~~、今年一年、来年も同じことがブログで書けるように取り組んでいきたいと思う。頑張ります!!!

1月1日 まだ辺りは暗い中、元旦の朝を迎えた。

まずは自宅の神棚をお祀りさせていただき、祝詞を唱えて1日のスタートとなった。

そして自宅を出発し、宝塚山本の東の宮である松尾神社を参拝させていただいた。朝早いせいもあり、参拝者はまばらで、ゆっくりお参りさせていただくことができた。

続いて昨晩のお礼参りと同じように西の宮である天満神社を参拝し、本社の神棚をお祀りに向かったが、新しい年でも相変わらずのおっちょこちょいの私はお供え物の1つを忘れてしまったが、時間の関係でそのまま大阪営業所のある豊中へと向かうことにした。

大阪営業所では、事務所の神棚と仲卸店舗であるローズガーデンの神棚、そして個人的に崇拝している神様をお祀りさせていただき、昨年の御礼と新年に対する想いを伝えさせていただいた。

その後、大阪営業所の氏神様である春日神社を参拝させていただいた。そこでは、普段から大変お世話になっている宮司様にもタイミング良くご挨拶をさせていただくことができた。その後、摂社末社を参拝させていただき、再び営業所へと戻った。

そしてこれも毎年同じにはなるが、私たちの商いの拠点といえる生花市場の兵庫県生花 大阪本部へと向かうことにした。

そして市場の真ん中にて、土地の神様に昨年1年間、私やスタッフや会社を守っていただいた御礼の意味で、あくまでも我流で作法も何もできてはいないが、感謝の意を込めてお神酒を供えさせていただいた。

思い起こせば、先々代社長である父に市場に連れられて、この地に通っていた学生時代から40年以上になる。そしてこの市場にて現社長である東社長はじめ、歴代社長に大変可愛がっていただき、多くご指導をいただき今このように仲卸をさせていただいている。

私が駆け出しのころには、掛け売りなどは許されず、花を仕入れる現金がなく、お年玉などで貯めた貯金を崩して現金で花を仕入れたり、恥ずかしながら、従業員にお金を借りたりしながら、花を仕入れたこともある。セリで花を買えなかったときには、お金を握りしめ問屋にいって買わせていただいたりもした。その時、私の悲壮感いっぱいの姿を見て「カモが来た!」とひそひそ笑っている人たちもいた。悔しい、恥ずかしいと思いながらも、見栄っ張りの私は、彼らに「カモが来ました。助けてください。お金足らないけど今から何とかします。」と笑いながらお願いして花を譲ってもらい、帰りの車で涙が止まらなかったこともある。

確かに当時は汗と涙の繰り返しではあったが、今思い返すとかけがえのない経験であり、大きな学びであったと思う。

そして、現スタッフとの素敵なご縁をいただき、彼らも日々経験と学びを繰り返し、頼りない私を支えながら、今では私など全く必要がない状況にまでなっている。本当に感謝である。

市場の真ん中に腰を下ろしていると、このようなことが走馬灯のようにめぐってくる。何もかもがありがたいものである。これからも引き続きお世話になった市場の仲卸として、花卉園芸業界の一員として、植物活動家 四代目 金岡又右衛門として、やらねばならぬことをしっかり見据えて、植物のために実直に歩んでいきたいと改めて想う。

それにしても、腰を下ろして何とも言えない温かさを身体で感じていると、沸々と勇気が湧いてくる。まだまだチャレンジはこれからだ。楽しみな1年である。

植物活動家 四代目 金岡又右衛門