四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ

MATAEMON'S THINKING BLOG

2014.05.01

50歳になってもお一日(おついたち)

今日は1日。

 

毎月1日にはできる限り氏神様を参拝し、神棚のお神酒をはじめ、榊などを入れ替える。

 

 

これを毎月毎年繰り返すたびに、少しずつ自分の中での変化を感じるようになってきた。

 

若かったころは、商売繁盛やお願いごとをしたいがためにいそいそと通っていたように思う。

 

最近は、素敵な人との出会い、素敵な仲間と一緒にいることができることなど日々の御礼、感謝を伝えるために通うようになっていった。

 

そのような中、情けないことだが、正直言うと心の中では、参拝に行かなかったら何かあるかもしれない・・・などと感じながら行っている時もあった。

 

それが最近は少し変わりつつある。義務感を感じながら足を運んだときにはなかったことがある。それは・・・。

 

足を運び境内を訪れると、木々や草花、鳥や動物が何かを伝えようとしてくれているように感じる。決して私は特別な能力があるわけでもなく、まだ気がおかしくなったわけでもない。

(自分がそう思っているだけかもしれないが・・・)

 

 

いつものような自分勝手な解釈になっているとは思うが、今何が必要とされているのか?そして何をしなければならいのか?私には何が足らないのか?など歩んでいくためのヒントとなることを伝えてくれると感じることができるときがある。

 

きっと鳥や大きな木々は全体の中の私を上から見ながら教えてくれる。草花や小さな動物は地に着いた低い位置から、私の足元をみて伝えてくれているように感じる。

 

情熱だけで突っ走ることが好きな私に考える時間を与えるかのように。

 

さらにそんな私に情熱にも燃え滾るような灼熱の表に出る情熱と、で静寂の中で渦を巻くかのごとく心の中で秘めたるものの2種類あるのではということも・・・

 

最近はこのようなことを感じることができる時間は自分を見つめ直すためにも、とても大切な時間のように思えてきた。

 

やっと大人の仲間入りかな・・・。オヤジ化かな(^^;)

 

50歳になって初めて迎える1日という機会にふと感じた。