四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ
MATAEMON'S THINKING BLOG
MATAEMON'S THINKING BLOG
昨日の朝、陸路でマレーシアへと向かった。時間帯によれば入国ゲートが渋滞で、通過するのに2時間を要する場合もあるとのことだが、私たちは比較的スムーズに通過でき、目的地である生産者のところに時間通りに到着することができた。

まずは農場のオーナーにご挨拶をさせていただき、その際にここの農場について教えていただいた。私の控えが間違っていなければ、1100エーカーという広大な敷地で、約600人のワーカーの方々が就労されているとても大きな農場である。

そして私たちバラエングループの取り組みなどについてもお話をさせていただいた後、早速車で各圃場を拝見させていただいた。

この農場では、さまざまな計測器でphやEC値、N・P・Kなど土壌に数値も測量し、植物自体の数値も計測しながら生産をしており、その数値に併せて施肥などを行うとのことである。

私はこの農場だけであろうがマレーシアの生産者がそこまでしっかり行っていると思っていなかったので正直驚かされた。

この農場は、観葉植物をオランダに向けて継続的に輸出しているため、生産のほとんどが土を使わず、ココピートもしくは軽石などで生産し多くの実績を有している。さらに欧州では当たり前である環境配慮においては日本以上に取り組んでおり、私たちが学ぶべき生産者であると感じた。

この木は、オランダの特別な施設に使われる予定であるが、土はもちろんココピートなども使わず、きれいに洗われた軽石だけで管理されている。このような大樹を軽石のようなもので、管理するのに問題はないか?と尋ねると、試行錯誤し現在まで来ており、土やココピートより好結果を残しているとのことである。

そして一本一本しっかり管理をしていて、これもまた日本の生産者以上であると感じた。

またハイドロカルチャも手掛けるなど、さすがオランダに輸出しているだけのことはあると感じると同時に、そのまま日本向けにすぐ出荷できる企業であると思えた。引き続き圃場を順番に周り、一旦区切りをつけてランチをすることにした。
ランチには農場のボードメンバーが集まり、円卓を囲みながら、終始とても和やかな雰囲気で情報交換や今後について話をすることができた。

午後は再び広大な圃場に戻り、数多い植物を拝見させていただくことにした。ここの農場はアジアを代表する観音竹生産の継承もしており、とても多くの観音竹が栽培されていた。

オランダ向けの均一な植物の大量生産だけではなく、写真のような自然形のドラコなどもあって、圃場を周りながらとても楽しく感じた。

中には、取引先からリクエストいただきながらも、タイやスペインで中々見つけられないフィカスを探し当てることができた。まさかマレーシアで出逢うことができると思っていなかったので、本当にありがたく思えた。

ヤシ類もココピートで生産されているため、あらためての洗浄の必要性もない。さらに線虫対策としてプラスチックシートやブロックなどで、土壌からPOTを隔離されているものも多く、申し分ない状況であった。

他にも日本からリクエストをいただいているものや、又右衛門が個人的に探しているものもあり、陽が落ちるまでしっかり周回させていただいた。

辺りが暗くなったとこで一旦、事務所に戻って、夕食会場へと移動することになった。
夕食会場には、欧州の著名な建築デザイナーも同席となり、様々な情報交換をすることができ多くを学ばせていただけた。食事が始まったのが遅かったせいもあるが、ホテルについた頃には日付も変わっており、私はこの日の記録などをしながら、朝を迎える前に、広いベッドを一人占めにして、優雅に就寝させていただいた。

そして朝、ホテルに迎えに来ていただけた車にのり、再び農場へと向かった。本当は今回の訪問は、視察だけのつもりであったが、今まで見つけられなかったクライアントの要望に応えられるものがあり、その他、又右衛門が気になるものもある。さらにこの農場がすぐにでも日本向けに出荷できる施設を有しており、まだまだ拡張をしているということから、是非取引を始めるべきと思い、いくつかの植物をピックアップすることにした。

そして又右衛門専用にと赤いタグを用意していただけたので、早速タグつけを始めた。

まず気になり確保させていただいたのが、観音竹とも言え棕櫚竹とも言えるが、少し雰囲気が違う。農場の方に聞いたところ、葉が小さく細くて従来品種からの変種であろうとのこと。さらに現在ここにあるだけで全て終わりということなので、迷わず数本に赤いタグをつけさせていただいた。きっと近くあるプロジェクトで活躍をしてくれるであろう。

他にも高さ6m以上のタビビトノキや

高さ5m以上のアレカヤシやユニークな形のコンシンネなどもチェックさせていただき、午前中いっぱい農場を走り回らせていただいた。

そしてローカルな食堂であるがとても人気のあるお店でソウルフードといえる肉骨茶をおただいた。ニンニクを多く添えながらの食事は美味しいだけでなくパワー充電ともなった。

これはインド菩提樹である。欧州向けに出荷されるものである。健康状態は良好である。

これはドラコ。先の細さと、ユニークな形状、使い頃のサイズ感もあり、現在依頼を受けているプロジェクトに、うまくはまればおもしろいと思った。

場所を移動して、見つけられたフィカス。これはアムステルダムではなく、ショウナンゴムでもない種。探していた品種である。とても興味深いので早速マーキングをさせていただいた。

他にも気になるものも多くあったが、残念ながら日没前となり、この辺で今回調達を終えて、後ろ髪をひかれる思いでこの地を後にした。この周辺や範囲を拡げると約200軒の生産者がいるとのことである。まだまだお宝が眠っているようで興味津々である。
そして最後に皆さんと食事。そこでは農場のオーナーから、農場内に又右衛門エリアをつくることの提案までいただけ、本当にありがたいと感じた。

広大な敷地に管理された施設。まだまだ拡大中であることが本当に魅力的であった。そして何より魅かれたのが、ここで働くワーカーが笑顔でとても機敏に動いていることである。オーナーとのワーカーの信頼関係が構築されていることがうかがえる。とても素晴らしく、うらやましくも思え、是非引き続き取引をしたいと感じた。
そして食事終了後、今後の取り引きと再訪を約束し、私たちはシンガポールに戻るために、再び車に乗り込んだ。
そしてマレーシアを出発後、約2時間半、日付が変わってからシンガポールのホテルに到着した。とても短い訪問ではあったが、収穫の多い価値ある訪問となった。あらためてご縁を繋いでいただいた方に感謝である。
さ~~明日は最終日。シンガポールで活動し、深夜帰国である。明日を楽しみにして仮眠することにします。眠気のあまりに、いつもの乱文がさらに際立ちごめんなさい。そしておやすみなさい。
先週は内向きの活動のため、派手さはないが、今後の活動においてとても重要な週であった。
そして週末から私は、久し振りになるマレーシア・シンガポールへと向かう。マレーシアは何年振りかを思い出せないぐらい久し振りで、シンガポールも横浜園芸博覧会の企画段階で協会の方々をガーデンズバイザベイにご案内させていただいた以来となる。
早朝に起床。朝一番の飛行機で伊丹空港に向かう。いつも利用させていただいている無料ラウンジは、日曜日ということもありガラガラであった。仕事の方々が少ないからであろう。

富士山を眺めながら、少し遅れて羽田空港へ到着。羽田空港の国際線は伊丹空港と違って大混雑。検査場には数百人の長蛇の列ができていた。

出国手続きを無事に終えて、搭乗口に向かう途中に、先月のスペイン行きで携帯電話を置き忘れた際にお世話になったインフォメーションに向かって最敬礼してから搭乗口へと向かった。

出発ゲート混雑もあってラウンジではゆっくりできずで、お腹が空いたまま搭乗口へと向かい、そのまま搭乗。しばらくして配っていただいた機内食を完食。そしてPC作業をしているうちに、あっという間に7時間30分が経ち、シンガポール チャンギ空港に到着した。
ただあっという間といっても、少し痩せてお尻の肉が薄くなったのか、運動不足でお尻の筋肉がなくなったのか、座席を倒さず、まっすぐ座ったままの8時間近くは結構辛かった。

短い訪問のため、預け入れ荷物がないのとAPEC専用レーンにて入国審査を受けたのもあり、結構早く入国ができた。

空港内の植物をチェックしながら、空港を出てホテルに直行。横目でガーデンズバイザベイを観ながら、約20分でホテルに到着することができた。

ホテル到着後、大変お世話になった方と合流。せっかくなので一緒に食事へと出掛けることにした。にぎやかな川沿いを思い出話しながら歩く、とても懐かしい気分になれた。

ホテルから歩いて約15分。地元の方にとても人気のお店に到着。そこで並ぶこと約30分で席に着くことができた。

ここの人気メニューは写真中央の肉骨茶(バクテー)パンチが効いている透き通ったスープがとても美味しかった。ネット情報によると豚のスペアリブをニンニク、白胡椒、漢方食材とで長時間煮込んだ薬膳スープで疲労回復になどに効果が期待できるとのこと。今の又右衛門にはとてもありがたい料理であった。さらにローカルフードなので、体だけではなく、財布にも優しい食事となった。その後ホテルに戻る前に、近くのスーパーを立ち寄り、夜食をゲットしてそれぞれ部屋に戻ることにした。

私は部屋でデスクワークしながら、さっき買ってきた豆腐プリンと食べる。さらにバナナチップをいただいた。近年タイによく行くようになったため少しバナナにはうるさくなった又右衛門だが、このシナモンがかかったチップスは結構美味しかった。そうこうしているうちに日付が変わろうとしたので、シャワーを浴びて横になることにした。
さ~~明日は、早朝にホテルを出発。国境を越えてマレーシアへ。どんな一日が待っているかとても楽しみである。
昨日は一粒万倍日。この日に引き寄せられるかのように、バラエングループの今後の方針と職場改善がテーマの説明会を開催させていただいた。
その時間には現場業務や、就業終了後にも関わらず、日々勤めていただけているメンバー多くが出席してくれていた。
説明会での壇上からの皆さんの表情には、まっすぐ私に向かって真剣な表情で聞いている人、しっかりした眼差しで私を見つめている人もいれば、中には顔をしかめながら聞いている人。眼をそらすようにしている人など色々であった。それはその人たちがどうであるかではなく、その人の声が聞くことができていなく、持っている能力を引き出せていない自分があることを気づかせてくれた。ありがたいことである。
今回の説明会は、今までの構想を話すのではなく、花き園芸業界の現状と今後を踏まえて、今までの延長線上では企業として成り立っていかないことは明白であること。ここにいるメンバーみんなが一緒に次のステージに向かうために、自ら身を整えなければならないことを伝えさせていただいた。
中には話を聞いて、「具体的なものが少ない。」「また言っているだけ」と感じる人もいるかもしれないが、自らは変革の気持ちを持たず、新しい動きもなく成り行き任せの事業をしていると、企業として3年後の存続も保証されていないのが花き園芸業界の現状であることを伝え、そのアクションを起こしていくための第一歩であることをまず伝わればと思っている。
5日は一粒万倍日、天赦日、寅の日、大安が重なる特別な日とのこと。68年ぶりとのことである。これに加えて60年に一度の丙午となると、このような特別な日は、これからの人生で生きては迎えることがない日である。
十数年前、又右衛門は、とある方に紹介いただいた人との久し振りの面談で、私を見つめながら「又右衛門はもう暦や占いなどを気にせず歩める人になりましたよ。」と言われてから随分経ったが、何となくこの日はゲン担ぎではないが大切にしたいと強く感じ、昨年から誰にも相談せず、一人で悩みに悩んで決めたことへの第一歩を踏み出すための日は、絶対今日この日しかないと目標に定め、毎晩何度も何度も台本を書き直してきた。
その途中では、何でこんなに多くの逆風が吹くのか?わざと試練を与えてくれているのか?と思えるほど、様々なことが起こり、その都度、体が震え、反吐が出そうになったり、苦しくて逃げだしたくなったりしたこともあった。それでも何とか乗り越えて今日第一歩を踏み出す勇気を与えてくれたのが、皆さんからいただいた温かい声と、その正反対の厳しい声であった。その両極端を受け入れ、自らの推進力に変えてきた。
四代目金岡又右衛門が演ずる最後の大舞台の初日。久し振りに武者震いがする特別な日となった。
さ~~四代目金岡又右衛門劇場 卒業公演???の第一幕が開きます(笑)

今日はお朔日。毎月1日はできるだけ、本拠地である山本本社もしくは大阪営業所にて活動をしようとしているが海外出張などの兼ね合いがあり1日に地元にいる機会が少ないが、今日3月1日は日曜日ということもあり、出張もなく地元での活動である。
一昨日は、午前中は体調管理、午後からは最近、お近づきになれた大きな企業のかたとのミーティングを大阪市内で行った。私たちの活動を評価していただいており、好意的に対応していただけ、今後いろんな分野へのお手伝いができればと思っている。楽しみである。

昨日は28日、朝一番は本社で少し仕事をしてから、久し振りに新幹線に乗って名古屋へと向かった。

名古屋 栄にて愛知豊明花き地方卸売市場開場30周年記念式典にお招きいただいたので出席をしてきました。

開場30分前には、既にとても多くの方が来られており、順次登録を済ませ、ご指定いただいた席へと向かった。

開場前には、農水省など政府関係、各団体、市場関係、生産者、同業でご活躍されている方々が出席され、最近、このような集まりには出ていなかった又右衛門にとっては、同窓会にでも出席したような気分でもあった。
また多くの関係者から、「世界を飛びまわっていて凄いね」「相変わらず元気だね」や「今日は忘れ物をしてない?」などお声掛けいただけるなど多くの皆さんからの愛を感じることができた。
肝心の式典は、とてもホスピタリティーを感じ、食事も美味しくとても素晴らしい式典であった。以前より懇意にしていただいている永田理事長や福永社長はじめ多くの方々と再会、新しい出逢いもあり、とてもありがたいご縁をいただけた。あらためて式典にお招きいただいたことに感謝である。
式典終了後は日本植物園協会にてお世話になっている方との情報交換の時間もいただけた有意義な時間となった。

そして今日、お朔日。いつものように自宅と会社の神棚をお祀りし、氏神様参拝をさせていただけた。その後、日曜日ではあったが急遽決まった面談があり、普段からお世話になっている方から、とてもありがたいお言葉をかけていただき、貴重な学びもいただけることができた。この日の学びは、きっと今後に大きく活かすことができると思えた。
2027年に横浜国際園芸博を迎えるといっても、花き園芸業界は以前厳しい状況であるのは確か。それを嘆いて俯いていても仕方ない。このような時だからこそ、顔を上げていこう。きっと春は、そこまで来ているから・・・・・
今日は、沖縄においての実質の活動最終日となる。いつも思うができれば1週間は滞在したいものである。
朝、目覚めると雨が降っていた。しばらく雨が降っていなかったとのことで、植物は喜んでくれているであろう。さすが植物想いのレインマン又右衛門である。


朝はまずは畑まわりをした時に、少し気になってチェックしてきた種類の中から、お見せできる写真を少しアップします。


先日依頼があったとても素敵なホテルの図面を思いうかべながら、イメージに合うものをチェックした。

他にもスタッフ以外非公開エリアも確認し、事務所に戻り簡単に打ち合わせのあと隣接するハウスを確認。そこにはひたむきに植物に向き合うスタッフの姿があり、頼もしく感じた。

これは人口土に植えられた植物。中には土を好まない人や環境もあるため、様々な取り組みもしていた。価格は高くなるが、その分の価値もあると言える。

最後にハウスをひと回りして、午後からの打ち合わせのために那覇へと移動した。

先ほどまでは植物いっぱいに囲まれた空間での仕事であったが、しばらくコンクリートに囲まれた施設の中での、今後の事業についてのミーティングを行った。ミーティングでは8割経済と言われる中での花き園芸やそれに付随する物流についての課題などを、しっかり話し合い、そこそこの時間となったので、場所を国際通り近くの農連市場に移して、続きを行った。

そこには、以前私たちの会社で、私の通訳やアシスタント業務、社員研修などを担ってくれていた伊藤氏の姿があった。彼女はとてもクリエイティブなセンスを持っていて、とにかく明るくふるまえ、周りを盛り立てることができる魅力的な女性である。そして沖縄では、その才能に磨きがかかり様々な事業やプロジェクトを起ち上げている。

今回も就労継続支援事業(B型)で起ち上げたブランド「KINALI」その取り組みや製品を参加メンバーで拝見したが、とても魅力的なものが多い。中でも新聞紙で作ったバッグや、牛乳パックで作った小物はとても素晴らしかった。このアイデアには頭が下がる。

私のハットと一緒に写っているバラも牛乳パックから、様々な立場の方々が一生懸命手作業で作られたものである。他にも多くの作品や製品があり、今後バラエングループでも、積極的に取り入れさせていただきたく思っているので乞うご期待である。

その後事業所目の前のセンベロで再会を祝って乾杯を行った。その席でも持ち前の気遣いと歯に衣着せぬトークで場を大いに盛り上げでくれていた。それとともに、今の又右衛門に足りていないことを、身をもって教えてくれたのであろう。本当に感謝である。
このように互いの立場を理解し、その活動をリスペクトし合える仲間が加わったことは沖縄での事業だけではなく、大阪の事業でも活かしていけると思う。今後は再びどのような発展をしていくか楽しみである。

しばらくしてセンベロも終わりの時間になったので、近い再会を約束して、それぞれが帰路に着くことにした。
私は今日もギリギリの時間で大浴場に駆け込んで汗を流してから、部屋でPCとにらめっこ。先ほどみんなにパワーチャージしてもらえたので、朝方まで頑張ることができた。

翌朝チェックアウトし、ゆいレールで空港へ向かい、とても短く感じた沖縄滞在を終えて大阪へと向かう。

機内ではお気に入りである福助のポーク玉子を頬張りながら、この3日間を振り返ったりしていた。
伊丹空港着陸が定刻より約30分遅れたため、Web会議にも大浴場と同じく駆け込むように参加し、ハイテンションのままでミーティングを終えることになった。その後一息ついた時に周りを見回したときに、あらためてあっという間の沖縄訪問であったと感じた。
とても良い訪問であった。次の沖縄訪問は4月。今から楽しみである
先週末は、とても悲しい別れがあり、多くを考えさせられることになったが、いくら残念であっても、悲しくあったとしても、とにかく俯いていてはいけないので、前を向いて歩いていかなければならないと思いながら、沖縄へと向かった。

朝方までPC作業が続き、寝坊をしては乗り遅れるので、椅子で座りながらうとうとして、自宅を出発、朝ごはんのパンをコンビニで買って飛行機に乗り込んだ。上空で食べようとカバンから出すと、パン袋がパンパンに(;^_^A。浮き輪みたいになっている姿が可愛らしく感じて、PCのキーボードをうつ手をやすめて、コロコロ転がしてみたり、つついたりしてテーブルの上で一人遊びをしてから、機内サービスのコーヒーと一緒に、美味しくいただけた。

苦手なPC作業をしていると、あっという間に那覇空港。そこにはパートナーである沖縄植物園の仲座さんがいつものように迎えに来てくれていた。早速車に乗り込んで、2か月分の報告と打ち合わせをしながら事務所に到着。

引き続き打ち合わせをしていると、講演のため沖縄に来られていた著名なM氏と再会することになった。お互い再会を喜んで、ごく簡単な情報交換を終えると、お互い次の場所へと移動となった。

私は、日々お世話になっている生産者のところへ向かう。そこには大手市場の方も来られており、互いの活動をたたえ合いながら貴重な情報交換を行うことができた。

その後圃場を歩きながら、宝探しをさせていただいた。今回も気になるものがあったのでロックオンして、後日再訪の約束をして、初日の活動を終えることにした。

その後お決まりのディナーミーティング。お互い同じ方向性と温度感を持っているパートナーであるので話が弾む。僅か2か月ぶりにもかかわらず、話が終わらない。このままでは、夜遅くなるので、締めにブタ汁を頼むことにした。ただ普段食べている豚汁やとん汁とは違う。てびちにごろごろ野菜、ボリューム満点である。薄味でとても美味しくいただいた。ブタ汁を食べ終えるとお互い睡眠不足気味なので、互いを気遣い合い初日はこの辺で切り上げることになり、私はホテルに送ってもらい、いつもの訪問より少し早めにビジネスホテルにチェックインすることができた。
横になる前に部屋でパソコンを開いて確認すると、国内外の進行中の取り組みに関するメールが社内、社外から多く来ており、その対応とたまっている作業をしていると気がつけば大浴場が閉まるAM2:00前。慌てて部屋のタオルを抱えて大浴場へ。さすがにこの時間は貸し切り状態なので、決して広いとは言えない大浴場ではあるが、他に誰もいないため伸び伸び足を延ばして、体を癒すことができた。その後明日の準備を行ってから、ベッドに横たわった。

翌朝は、寝た時間が遅くても、いつもの時間には目が覚める。朝から少し散歩をして、お迎えに来ていただけたパートナーの車で、まずは名護のハウスへと向かった。

しばらくして、現地での作業を担っていただけている貴重なパートナーY氏と合流。早速彼の案内で、植物探しへと出掛けた。

今回どのような植物をメインに探しているかということを言うと、どのようなプロジェクトを抱えているかということの想像がついてしまうので、ここではシークレットとさせていただきたい。

その代わりに青空に映えるバナナを眺めていただき、心とお腹を満たしていただければと思う。

その後ランチを挟んでひたすら目的の植物を探す。昨年までは国内では中々ない見つけにくいと言われていたがパートナーのおかげで何本か見つけることができた。パートナー様様である。そこまで言うとさらに気になるという人もいるかもなので、代わりに可愛らしいトックリヤシの姿を眺めて癒されていただければと思う(;^_^A

今回、目的の植物を探して、多くの畑を周りながら、日没まで走り回ることで、並行して取り掛かっているプロジェクトで必要になるであろう植物や、又右衛門の感性に触れたとても興味深い植物に出逢うことができ、とても価値ある一日となった。

陽が沈みタイムアウトになったため、3人で近くの居酒屋へ。気が合う仲間同士のため、今後の前向きな話が尽きることなく続く。確かにリスクがある話題にもなるが、気が合う仲間同士であれば、リスクが負担ではなく、やりがいにもなってくる。不思議なものである。そしてお店からオーダーストップがかかるまで語り合い、高め合うことができ、とても良い感覚のまま、それぞれが寝床をめざして帰ることになった。
そして今日もホテルまで送っていただけ、明日の約束をして解散。私は部屋に戻って、昨日と同じように、大浴場が閉まる前に汗を流して、1日を終えることができた。
とりあえず今回の沖縄訪問の大きな目的はクリアできた。明日は最終活動日。楽しみである。
今日は久しぶりに鹿児島へと向かった。今回の訪問は、お世話になっているお取引先様にて管理をしていただいている植物を移送するための打ち合わせである。

朝一番の飛行機で伊丹空港を出発。約1時間で鹿児島空港に到着。珍しく快晴である。
そこから慣れない高速バスにのって約90分で最寄り駅に到着し、現場の責任者との合流後、管理施設へと向かわせていただいた。

とても背の高いハウスである。おおよそ又右衛門が12段肩車したぐらいの大きさである。そこにはAIR-POTに植えられた2鉢のフィカスが元気な姿を見せてくれている。
つい先日、全国的な大型寒波にて、この地区も外気温マイナス6度となり、ハウス内もかなりの低温になったとは思うが、ご担当いただいている皆様のご努力で、つやのある良い状態を保ってくれていた。もちろんAIR-POTの効果も大いに発揮されたことは言うまでもない。

これは6~7メートルのフィカス。これもまた仕上げも含めて良い状態である。現在このサイズは国内で探すのは、中々難しい。ぴったりはまる現場があれば、インパクトのある風景を必ずつくれるであろう。
この樹を見上げていると海外で出逢ったときからここに来るまでの過程が走馬灯のように頭に浮かんできて、なお愛おしさを感じることになった。
この他にも海外で出逢ったフィカスを大切に管理いただけていてとても嬉しく思えた。厳しい輸送や様々な苦難から、多くの人からの愛で立ち直り、生長を続けている樹が向かう先は、きっと素晴らしく繁栄する場所になるだろうと言える。気になる方は是非お声掛けを(^^)/

管理場所の視察を終えて、再び空港へとんぼ返り。せっかくなので他の産地をまわりたかったが、次の予定があったため残念ながらの帰阪となった。

始発で出発、最終で到着。移動時間が半分で効率よい動きとは言えないが、価値ある出張となった。
休み明けの週初めは、八丈島からスタートである。今回の八丈島と言えば昨年の巨大台風で甚大な被害が出たことは記憶に新しい。今回の上京は、主に八丈島にパートナーのお見舞いとミーティングと、新しい植物の確保と預けている植物のチェックである。

いつもの赤い飛行機から羽田空港で青い飛行機に乗り継ぎ八丈島へと向かった。今回は天候調査や条件付き運航でもなく、安心して乗ることができた。

上空では多少揺れはしたものの、定刻より少し遅れて到着。そこには珍しく晴れわたった景色があった。そして迎えに来ていただいた現地パートナーとともに目的地をめざした。途中昨年の台風の爪痕が残る島を見ながら、その猛威を感じることになったとともに、ここまで復旧できていることを凄いと感じることになった。

まずはとても魅力的なロベなどを優先的に提供、確保いただけている生産者を訪問させていただいた。

到着後、保管いただいているロベを確認させていただいたところ、台風の影などどこ吹く風と言わんばかりに、影響を全く感じさせないほど、しっかり守っていただけていたロベを確認でき一安心。さらに次なる提案もいただけ本当に頼もしく、嬉しく思えた。
続いて次の生産者のところへ。そこには世界中の植物園を探しても見つけられない素晴らしいヤシがあり、昨年に譲っていただき、管理をお願いしていたのだが、残念ながら台風によって無残な姿になってしまっていた。ただ見た目は、目を覆うほどになってしまい、商品としての価値はなくなってしまったかもしれないが、まだ生きている。

私はこの命を繋ぎ、昨年の巨大台風の猛威を語り継ぐ役割を担うことができる意義深い役割を担った植物になれるかもしれないと思い、引き続きあきらめず命を繋ぐための管理をお願いすることにした。その生産者は私の口からでた言葉に驚き、うっすら涙を浮かべたように思える表情が印象的であった。

続いて、新しく切り出す植物を求めて山へと向かう。そこには台風の影響で大きく被害を受けた植物があった。ただこの植物も匠の技によって切り出し、職人魂を注ぎ込むことで、今まで見たことないようなフォルムの植物となるだろう。期待してやまない。

その後、いつも長年の付き合いと強いパートナーシップで繋がっている石井敏一氏のところに。彼は卓越した独自の視点で魅力的な植物を産み出す一人である。そのため生産量が多くないが、自然感を活かしたアーティスティックな植物を求める方には人気である。最近ではTVの一コマに採用され人気が高まっている。それはパートナーである又右衛門にとっても価値をひろげていただけありがたいことである。感謝である。

そのような時でも、本人は一過性の話題に踊ることなく、今までの取り引きを優先し、新しいプロジェクトにも積極的である。近年生産者も流通もうつむき加減であるので、このような良い意味での野心を持っている人に期待をしたい。そして今後もブレずに進んでいかれるのであれば新たなプロジェクトなどを起ち上げなどの支援もできるかと思うので楽しみな方である。
その後、八丈島で活動するにあたり、とてもお世話になっている玉政さまのところへ。玉政さんは、八丈島における観葉植物の生産では一時代を築き上げた重鎮で、多くの功績も残し、私たちの業界では一目を置かれる以上の人物である。中には会いたくても会えないという人も多い。

そのような方ではあるため、私が初めてご面談の機会をいただけた時には、かなり緊張しての挨拶になったが、玉さん(呼び名)は、出逢ったその瞬間からとても優しく温かい眼で又右衛門を見て、今までの活動や考え方を高く評価していただけた。そして今も変わらずとても可愛がり、ご指導をいただいている。光栄極まりないことである。
今は高齢になり、とても柔和な顔つきでいらっしゃるが、話題が植物やビジネスの話になると、その鋭い眼光が一際輝く。私は観葉植物においては、まだまだ新参者の領域のため、玉さんの全盛期のご活躍は語り継がれたことしか知り得ないが、その眼が全てを語ってくれたように感じた。そして玉さんの衰えのない強い植物に対しての想いを、少しでも引継げられるように社員ともども精進したいとあらためて思えた。
その後、次の面談の約束をし、後ろ髪をひかれる思いで移動。その頃には陽も落ちかけていたので、とりあえずホテルにチェックイン。荷物を部屋に入れて、すぐに八丈島の方々待ってくれている食事会場へと向かった。

そこにはいつものメンバーの姿があった。そして業界の近況や、横浜で開催されるGREEN×EXPO2027(園芸博覧会)についてなども話題になり、長く話し込み気がつけばラストオーダーを超える時間までお店のお世話になった。メンバーは変化なくいつもと一緒だが、いつもと一緒だからこそ、良い話ができることも感じられる。良い時間となった。
食事会終了後次回訪問日程を確認し、ホテルまで送っていただけた。私たち大阪から同行した二人は、部屋に戻って、終了間際の大浴場に駆け込み汗を流すことにした。その後部屋に戻って、私はたまった作業をするためにPCに向かうことにした。途中何度か眠気が襲ってきたが、同行者のいびきが私を起こしてくれる。他者のいびきにありがたさを感じたのは初めてかもしれない(笑)

ベッドに横になり数時間後には天気予報に反して、強い雨が窓をたたき、自然の目覚ましで起こしてくれたので、昨晩の続きを行うことができた。レインマンぶり大いに発揮である。

そして朝食をいただいた後、私は午後の会議に参加するために同行者を残して朝一便で羽田へと向かった。羽田到着後、市ヶ谷にて開催される「全国花き物流協議会セミナー」に参加させていただいた。

ランチ代わりにカフェでコーヒーを流し込んで身体をシャキッとさせて開催時間少し前に会場入りしたが、そこには大変多くの人が集まっており、この協議会のテーマに関心を寄せる人の多さを実感することになった。
バラエングループは直接的に物流会社を運営している訳ではないが、同じ花き業界の抱える問題を自身の問題と捉えて活動していくために必要なことを学べる機会となった。時間の関係もあり、懇親会などには参加できずにまた久し振りに花き園芸業界の方々にお会いすることもでき有意義な時間となった。
そんな感じの中身が濃い都内出張となった。さて明日も大事な会議と再燃したプロジェクトの面談が待っている。がんばろー。
今日はバレンタインデー。私たちの花き園芸業界ではフラワーバレンタイン。多くの国々では大切な人に花を贈る日であるが、日本ではまだまだ独自展開のチョコレートを渡すバレンタインが主流と言えるような。ただそのようなチョコを渡すバレンタインも、今年は陰りがあるように感じたのは、単純に私が歳をとったせいか・・・・・。あまりの繁忙に周りが見えていなかったのかとも思えるバタバタの一週間であった。

四代目も年齢を重ねたにも関わらず、若い時以上とも思えるほど相変わらず出張を繰り返すなど、少しだけ身体に無理をさせたかもなので、大雪の中、定期健診へと行ってきた。自分としては体重が少し減ったのと、相変わらずの忘れものが多いぐらいで、他には気になるところはないが、万が一のことがあって周りに迷惑をかけてはいけないので、念のために行ってきました。結果は一か月後ぐらいかな今回は体重減少による好結果が出るのが楽しみである。
さて前途のように今週は検診に始まり、社内の大事なミーティング、海外からの来客。週中には社外企業との需要な打ち合わせがいくつか連続し、体力より錆びかけた知力を使うことになった。
週の後半には長くお付き合いいただいている安代リンドウの部長、副部長にお越しいただけ、今後についての貴重な意見交換をさせていただくことができた。安代リンドウ生産者の皆様とは、もう数十年間になるかと思うが通常の取引以外に講演依頼や展示会出展、産地フェア、加工花プロジェクト、研修旅行など今までいろんな取り組みをしてきたご縁もあり、かなり深くお付き合いいただいている産地である。そのこともあって打ち合わせをしていても、まるで同窓会で集まったメンバーのような会話になってしまうこともある。
ただ今回のミーティング内容については口外できないが、双方にとってとても重要な意義深い取り組みであるは確かなので周囲の力をかり、早速取り掛かりたく思っている。
週末にはグループの社内会議に加え、昨年から続いている懸案事項のミーティング。中々ヘビーであったが、ビジネスをする上で、自らの甘さを、身をもって感じることになった。ただこれも経験、大切な学びをいただけたと捉えて、今後に活かしていければと思う。支えてくれる周りの全てに感謝である。
このような感じで、今週は植物活動家 金岡又右衛門ではなく、経営者 金岡信康としての活動に終始したといえる一週間であった。しばらくこのような感じが続くかな~~。誰にも相談できないプロジェクトもあり、気持ち的に浮き沈みが出てしまう週となったが、ここが正念場、いやまだまだ始まったばかりかなとも思える。
そんな思いをしながら深夜パソコンに向かっていると、バレンタインにいただいた大切なチョコが目に入る。静かに封を開け、口にすると、程よい甘味が拡がり、脳は活性化、心も満たしてくれた。本当にありがたく感じた。花き業界にいながらチョコもいいな~~と思えたバレンタインとなった。さて来週はどんなサプライズが学ばせてくれて鍛えてくれるかが楽しみである。
3日の夜スペインから帰国し、汗を流したあと、荷物を整理。時差ボケで朝起きれるか少し不安はあったが、横になって3時間。翌朝きっちり目が覚めて、詰め替えたバッグをもって伊丹空港へと向かった。

羽田空港着後、そのまま東京駅近くにオフィスをかまえる企業へと向かう。歩いて15分。数日前までのタイやスペインの温かい土とは違う冷たいアスファルトの道を歩き続ける。そしてしばらくして、オフィスに到着。そこには、久し振りにお会いさせていただくことになった素晴らしい活動されているお二人の姿があった。お一方は何度か意見交換をさせていただきながら、お互いの活動に共感ができていたと感じている(私の一方的な思いかもしれないが・・・。)方との再会。もうお一方は、以前にお取引いただき、大変お世話になったことがある又右衛門と対照的な頭脳明晰な方でる。まさかこの場で素晴らしい方お二人同時にお会いすることができるとは思っていなかったため少々驚くことになった。
この場では誰とどのような話をしたかということはここで書くことができないが、プロセスに違いはあれど一次的にめざすところはよく似ていて共感できるところが多くあり、多くを学ばせていただくことができたともに、自らの考え方や活動の方向性が間違っていないことが再確認でき、とても有意義な時間となった。今後は互いの活動において補完し合える関係になれればと思い、長めのミーティングを終えて、再びアスファルトの地に足をおろした。でももうその足元は冷たく感じなかった。お昼前になって陽の当たったアスファルトが温まったからではない。明らかにときめくものがあったからであろうと感じながら、再び駅へと歩いた。

そして、マックでパソコンを開きながら次のミーティングの準備を行い、時間となったので東京駅近くの会場へと向かった。今回は、昨年からよくWebミーティングをさせていただいていた企業が開催する周年記念セミナー&情報交換会にお招きいただいての出席である。
どのようなセミナーであり、どのような会食であったかについては、決して伏せなければならないものではないが、セミナーの名前などで、おかしな誤解を招くことになってはいけないので、ここも伏せさせていただくが、午前のミーティングと違って、全く異業種の方であるが、部分的に十数年前から自身でも取り組みたかった事業であり、その分野で日本一の実績をもつ著名な企業であるので、多くの学びと確信を得ることができた貴重な時間であった。
会食では、相変わらず人見知りの又右衛門で、積極的に立ち回ることはできなかったが、サポートメンバーのホスピタリティに助けられ、現役でご活躍されている素晴らしい方々とのご縁をいただけるとてもありがたい時間となった。関係者の皆様に感謝である。
その後、電車を乗り継ぎ、明日の訪問地に近い立川へと移動。コンビニで夜食と朝食を買い込んで、時差ボケ解消のためにしっかりと睡眠をとるために日付が変わる前にベッドへと向かった。
翌朝、昨晩仕込んだヨーグルトに自宅から持参したハチミツを加え、ホテル備え付けのコーヒーで快適な食事をして出発。モノレールで待ち合わせ場所へと向かった。そしてしばらくして最寄り駅に到着。私は遅刻してはいけないと思い、結構早めに駅に到着したが、それよりも早く、待ち合わせ場所に社長自らお迎えにいただき、さらに寒い中、車外で私をお待ちいただいていた。そのご対応に頭が下がる思いと、この会社の素晴らしい姿勢に感銘を受けた。
そして遅くなった新年の挨拶を車内でさせていただき本社へ移動。そこには大変お世話になっている会長はじめ顧問、素晴らしい社員の皆様の素敵な表情があった。
この企業は、花き業界において右も左も見えない余りにも幼すぎる私を、海外にて学ばせていただいたり、社会活動の必要性を学べる機会をいただいたり、阪神大震災の時や、社内で勃発した会社の存続に関わるトラブルの際にも、いの一番に全社挙げて私の支援を表明し、私が再び起ちあがるための精神的支柱にもなっていただけた。今、私が四代目金岡又右衛門と胸を張って活動できるまでのきっかけと、育てていただいた恩師とも言える方々である。そのような方々とかなり久し振りにお話をさせていただくことができた。
話の内容は、現状の取り組みや情報交換、今後についてなど飾った外向きの話ではなく、自社内でも話せない本音での意見交換をさせていただくことができた。そこでは通常の対談では得ることができないとても温かく、心のこもったアドバイスと、私の今までの活動や今後の進め方に高く評価をいただけ、ここ最近様々なことで精神的に底を見そうになってから、何とか自身で立ち直り、頭を上げた私を強く支援いただけたように感じた。語弊はあるかもしれないが、創業家としての同族会社と上場企業など非同族企業との考え方の違いなども学べたように思う。他にも多くの事柄についても、自分勝手な自信であったものが確信に変わっていくのを感じることができた。
そして再び多くの皆様に素敵な表情でお見送りいただき、最寄り駅まで送っていただけた恩師の後ろ姿を見送りながら、このことを社内に持ち帰り、今まで支えてくれている仲間との今後に活かしていければとあらためて思いながら、改札口を登ることにした。

そしてこのまま空港に向かうと40分ほど空港で時間を余すな~~とモノレールの案内板を見た時に、「高幡不動駅」の文字が目に飛び込んできた。そう高幡不動はもうやく30年ぐらい前か、ある方のお勧めで護摩行のために何年かしばらく通わせていただき、支えになっていただけたお不動様である。そこで乗換案内アプリで検索すると駅をおりてから10分だけで戻ると参拝ができそうであったので、高幡不動駅まで足を延ばし、駆け足で参拝させていただき、当時の御礼と、今までの感謝をお伝えさせていいただけたことで、勝手ではあるが心が少し休まり、強い力を授かることができたように思えた。

参拝後約1時間半で羽田空港に到着。今日も駆け足での搭乗となり、機内でこの2日間のことを、夜景を観ながら思い返しながら、仕事としても個人の心身としても、とても意味ある時間であったと感じ入ることになった。
さ~~この2日間を活かして、しっかり現実と向き合い前に進んでいこう。革新に向けて・・・・・ 同志とともに・・・・・。