四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ

MATAEMON'S THINKING BLOG

すみません。ご無沙汰です。続いてやってきた台風の対策などで気が付けば前回アップからもう10日以上経ってしまいました(^^;)

 

皆さんはいかがでしたか?台風で多くの生産者の方々や業界関係者に多くの被害が出たと聞いています。ブログからでは失礼かもですがお見舞い申し上げます。

 

私たちの農場などは、無傷とは言えませんが持ちこたえることができました。

 

さて、今は明日から開催される第11回国際フラワーEXPO(IFEX アイフェックス)に出展のため幕張メッセに来ています。昨晩は台風影響で風がきつかったのですが、一転今朝は快晴です。


 

通年は前日に設営に入るのですが、今年は台風の影響が心配で一日早くに会場入りしたので、少し余裕がありブログアップします。

この展示会も今年で11年目を迎えます。そして弊社も今年で5回目の出展になりました。

 

前日の会場は主催者をはじめ、ブース工事をする人、物を運ぶ人、飾りつけをする人、掃除をする人、人間ウォッチングをしながらブログを書く人()などが慌ただしく行き交い、とても愉快な時間になります。

 

 

 

そしてその映像や工具などの音響が何とも言えないハーモニーを醸し出し、多くを身体で学ぶことができます。さらに明日からの展示会への期待感が膨ませ、心を湧き立たせてくれるので、こんな時間が私はとても大好きです。

 

 

今年は、輸入植物ブース以外に、別の場所でブースを設け新商品の発表もします。

ぜひ皆さんも時間がありましたら遊びに来てくださいね。チケットは何枚でもありますから~~。

さ~。仕上げ頑張るぞ!!!

 

今朝もいつものように、自宅と会社の神棚のお祀りさせていただき、近くの氏神様に日々のお礼と報告をさせていただくために参らせていただいた。

 

5時には氏神さまを参ったのだが、辺りはまだ暗く、植物以外にも秋の訪れを実感することができた。

 

10月と言えば生花卸はブライダル需要などで少し活気が出てくる。植物卸もガーデンの植栽需要などで動き始める。そして輸入植物や植物工場など新しい事業は展示会シーズンを迎え、バタバタし始める。

 

そして展示会の第一弾は弊社卸のベースキャンプである兵庫県生花市場 大阪(梅田生花・大阪植物取引所)でトレードフェスタが開催され賑わっていた。

 

 

そして昨年よりも多くの生産者に支えられバラエティーに富んだ観葉植物売り場や

 

 

市場北側の洋蘭・花鉢売り場や輸入植物売り場にも多くの方に足を運んでいただき、今年からメンバーに加わった新しいスタッフの紹介もさせていただけて有意義な時間を過ごさせていただけた。

 

 

私が売り場に立つと、役に立たないどころか邪魔になるため普段は控えているが、展示会などは数少ない許可をしてもらえる機会なので積極的にブースにいるようにしている(苦笑)

 

今回も出展スペースにて販売の補助をしていると、初めての人や久しぶりの人など多くの人と出会え、新しく入荷する植物の話や管理の仕方などの情報交換をさせていただくことができるなど、本当に貴重な時間を得ることができた。

 

今回の第18回トレードフェスタは102日で終わり、次は101518日に幕張メッセで行われる展示会IFEXに出展させていただく、さらにその翌日はFAJの展示会にも初めて出展させていただく予定。

昨年のIFEXでは、せっかく遠方から来ていただいたにもかかわらず、多くの人にお越しいただき、とても長い時間をお待ちいただいたにも関わらず、直接お話ができなかった人も出てしまい、本当に申し訳ないことをしてしまった。そのため今年は私との直接商談に関しては、お待たせすることが無いように予約も可能にしました。

 

本来私のようなものと話をするのに予約など全く必要ないのだけど、なぜか展示会においては、皆さんが来ていただく時間帯が本当に重なってしまうことが不思議なぐらい多いので、今回は厚かましいですが皆様とゆっくりきちんと産地の情報を伝えたいので予約を優先させていただきたく思っています。

 

あと商談以外のフランクな話でも、構わないので良ければ是非お越しいただければと思っています。

 

輸入植物の現地での話、日本で伝わっている間違った管理方法、その他裏話など、ブログではUPできないような話などを交えながら、楽しいひと時をご一緒できればと思っています。

 

皆さんのお越しを楽しみにしています。

 

最後に今回のトレードフェスタにお越しいただいた方にはこんな私の拙いブログでも楽しみしていますと言っていただける方などもいて、下手な文章でも書いていてよかったと思っています。

 

私のブログは返信ができないようになっていますが、いつでもメールでも電話でも連絡をいただければと思っています。

 

では、また皆様に会えるのを楽しみにしています。

 

本当にありがとうございました。

今日は久しぶりに充実した一日を実感できたように思う。

それは三つの重要なコンテンツである学習、仕事、プライベートで、それぞれに素敵なシーンに出会いができたからだと思う。

まず朝一番の飛行機で東京に向かい、両国へと向かった。

 

少し早目についたので、国技館前でFB用の写真を撮っていたら、親切な外国人さんが英語のパンフレットのようなものをもってニコリと微笑みかけてくれた。



どうやら私は相撲好きの外国人観光者に見えたらしい・・・。それでもその親切心に触れたときに、とても和やかな気持ちになれた。

 

そして会場に向かったのだけどその途中で見かけた自転車置き場

 

さすが建物がひしめき合う都内において土地の有効活用をしているんだなと思う反面、まるでこの急な角度が相撲の立ち合いにも見えて、さすが両国だな~と勝手な想像で一人感心してしまった。(すみません。相変わらず話が飛んでしまった・・・)

 

で、話を元にもどして今日のはじめの目的であるセミナーに参加するために会場のホテルに入り、来年初めて参加する展示会の取り組み方などを研修し、学ばせていただけた。

 

 

その後、渋谷で軽く食事を済ませ、川崎に移動した。

ここには業界内外でアグレッシブに活動し、感性から生み出された空間で多くの人を魅了しているSHOPとOFFICEがあり、私は今回初めての訪問をさせていただいた。

 

今回の訪問は、先日弊社を訪れていただいたときに、私が留守をしていて、話ができなかったので、今回は私からアポ入れをして訪問させてもらった。

 

私のような半人前が言うのは厚かましいけど、テーブルを挟んで向き合いながらの少しの対話でも、彼の研ぎ澄まされた感性や行動力などを垣間見ることができ、さすが多くの人に支持され、抜き出ているだけのことはあると率直に思えた。

 

そしてこれからの互いのビジネスのことなどの話をし、再会を約束して、この地を後にした。

 

その後今日の宿泊地である関内へと向かった。

 

関内は有名な中華街があるのだが、それともう一つ今日この時とっても熱いところがある。
それはホテルに隣接している横浜スタジアム。

 

今日はマジック2を迎えた横浜×巨人の熱戦が繰り広げられている。

実は私は少し前からXデーの予感がしていて、この日のチケットを持っていた。

ホテルに着くや否や、球場に足を運んだ。そして球場についたときには、もう8回の攻防だった。

そしてあと一人でこの試合が終わろうとしているときに、甲子園で阪神の勝利との連絡が入り、その後すぐに巨人が3連覇を成し遂げた。
 

 

私は小学校の時には宝塚の選抜選手として対外試合にでたり、甲子園の大会で優勝するチームの副キャプテンを務めさせていただいたりの野球小僧で、かなりのプロ野球好きである。

そんな私の目の前で胴上げが繰り広げられた。私にすればこんな日に、選んだかのようにめぐりあわせるとは運が良いとしか思えなかった。(といっても実は胴上げを目の前で見ることができたのは5度目であるのだが・・・。)

 

どの球団のファンであるとかどうかは別にして、各球団の選手が一生懸命に頑張り、その努力が報われ歓喜の瞬間を迎えたとき、とても大きな感動を伴う。そんな瞬間を目の前で見ることができ、その空間を共有できたことをとても幸せに思えた。

 

そしてそれと同時に、良い結果がでるには、それなりの理由があることはスポーツであってもビジネスであっても同じであることを改めて学ばせてもらえたような気がした。

 

そんな多くの学び、人、感動に出逢えたとても充実した一日になった。

 

さ~明日からまた新しい感動に出逢えるように頑張っていこう。そのためにも今晩は夢を膨らませ、幸せに包まれながら気持ちよく眠ることにしよう・・・

 

みなさん。おやすみなさい。

2014.09.23

研修生

昨日からうちの会社に研修生がやってきた。今回はあるお世話になっている先生からの依頼であった。弊社はまだまだ準備をしていただかなければならない状況であったので、今回はインターンシップという形になった。

 

見た目、線が細く、最近でいうイケメン君である。

 

彼がこれから植物と一緒にどのように成長するか、とても楽しみである。

ともあれ新天地で芽吹こうとしている若い芽を大事にしていきたいものだ。
 

 

そして同時に私も彼からも学び、一緒に成長していかなければならないと思う。

 

また皆さんに彼のことを、胸を張って紹介できる日が来ることを楽しみにしておこう。

2014.09.22

彼岸

またブログの更新に時間がかかってしまった。決して毎日ボーっと過ごしているわけでもなく、むしろその逆かもしれない。

 

ただ結構面白いことなどあったのだけどアップがまだできない内容とかも多くて・・・

(半分は言い訳かもですが・・・)

 

それも、ブログをがっつり書こうかと思うからかもしれない。というわけで、簡単なアップを・・・()

 

今日は、朝から兵庫の山奥へと向かった。

その途中田んぼのあぜ道で見つけた彼岸花たち。

 

 

周りの黄金色に実った田畑を祝福するかのように、真っ赤に咲いていた。

 

そして、秋を十分に感じながら、市街に戻ってきて見つけた彼岸花。

 

 

 

このふたつの彼岸花の色や大きさなど、一つ一つを見比べても、何ら違いは無いのだけど、私にはとても対照的に感じた。

 

街中の少しの土でも、咲いている彼岸花が、私たちに昔の自然豊かな風景を取り戻してほしいと一生懸命訴えかけている悲願の花に感じるのは私だけであろうか・・・

2014.09.06

東北出張 ①

モンゴルより帰国し、今週の週初めから東北方面へと向かった。初日1日は、午後大阪を出て、夕方仙台へと到着した。

 

 

仙台では、10年来のパートナーである矢野TEA氏と、今後についての打ち合わせや、海外事業についてのミーティングを行った。相変わらずの興味深い提案と、これからの野望を語り合い、ワクワクしながら打ち合わせを終えた。

 

そして翌日は仙台より、岩手 安代へと向かった。安代といえばリンドウと言えるほど有名であり、日本一の産地である。それは生産、出荷量もだが、取り組み内容がとても優れている。

 

 

ここでは育苗などの研究施設を用い、常日頃から栽培に適したものや、見た目や日持ちなどへの改良などに力を注ぐなど新品種への取り組みや適した品種開発に余念がない。さらに

各部会によっての積極的な販売戦略を行い、国内でのPRはもちろんのこと、輸出も手掛けている。切り花の輸出や海外委託生産などにおいては草分け的な存在であり、今もその成果を十分残している。

 

私は約10年前に、この産地で講演をさせていただいたことがきっかけで、産地の皆様と意気投合し、今まで毎年意見交換をさせていただてきた。時には産地フェアをさせていただいたり、展示会に出展をしたりなど大変お世話になっている。

 

そのようなことを思いながら仙台を出発し、途中サービスエリアで少しの休憩をして、お昼過ぎに安代に到着。そこで盛岡冷麺をいただき、すぐさま試験栽培場へと向かった。

 

 

そこにはいくつかの品種が、ちょうど花をつけていた。

 

 

その中でも、ひときわ輝いていたのがこのリンドウ

 

いかがですか~~?この発色。何とも言えない程の艶やかさ

 

長さがないため、切り花には向かないかもしれないが、個人的には、あまり多くの花をつけていないこのしなやかさがとても気に入った。今までの選別からは外れていたが、是非とも今後も検討してほしいものだと思っている。

 

この品種が、うまく様々な条件をクリアし栽培可能になったとしても、皆様の店頭に行く頃には、恐らく4年ほどかかるだろう。でも首を長くして待ってみたいと思う。

 

この他にも多くの試験品種があり、気になるのもあったが、ある程度の時間でこの場所から移動した。

 

その後鉢物の生産者を訪れた。

 

 

丹精込められて作られていたとても質のいいリンドウの鉢がならんでいた。多くは注文で出荷されていくことになるとのこと。あともう少しで出荷ピークも過ぎるので、是非最後まで体調を崩されず頑張ってほしいと思った。

 

この他にも興味深い鉢物があったので、別の機会に案内させていただこうと思っている。

 

そうこうしているうちに、夕暮れが近くなり、集荷場で今日一日お世話になった小笠原氏と別れ、宿泊地である仙台への帰路についた。

 

そして翌日は朝からホテルで事務仕事を済まし、夕刻大阪へと戻った。

 

今回の東北訪問も様々な収穫があり、今後に向けてまた楽しみと仕事が増えました~~。

さて、体調をきちんと整えて頑張りま~す。

 

 

そして安代から、とてもきれいなリンドウが届いた。


 

普通は鉢物品種だが、特別お願いして切り花使用で作っていただいている。

その綺麗さに多くの良い評価をいただけた。価格はまだまだ満足いただけるものではないが、この美しさと産地からバケツ輸送による品質の高さを考えれば、決して高いものではなく、十分価値あるものだと思う。

 

恐らく1年間のうちで1週間ぐらいだけしか出荷されないこのリンドウの素晴らしさと、安代リンドウ生産に関わる人びとの美しさを、是非多くの人に伝えてほしいと思う。

 

私が10年前にモンゴルにおいてミッションを行おうと思ったのは、急速な経済成長を遂げ、貧富の差が拡がり、そのことによってマンホールチルドレンとよばれる家族との絆を失った厳しい生活環境を強いられている子供たちが増え、またスリなどの犯罪も増えてきた都市(まち)ウランバートルと、少し市内から外れた草原においては、電気、水道、ガスなどもないが、厳しい自然や動物と共存しながら、家族が深い絆で結ばれた遊牧民の生活がある。まさに物が豊かでありながらも、心貧しき生活と物は無くとも心豊かな生活この両者を自分の目で見て感じることで、私たち日本人が忘れ去ってきた人として大事なものを呼び起こすきっかけになるのではないかと考えたからである。

 

さらに普段の生活から離れ、実際にこのモンゴルの地に身を置き、恵まれた普段とは違う生活をしながら、ボランティアで学校建設や農作業などを、子供たちと一緒に汗を流しながら行うことで、今までと違う自分を発見し、人のため社会のために、自らの力を発揮することのすばらしさに気づき、周囲を思いやる気持ちを抱くことによって「逞しい人間力」を育むことはできるのではないかと思ったからである。

 

注:写真は10年前の風景です。

 

 

そしてその実施、建設から10周年を迎え、当時の子供たちが作った施設は有効利用されているだろうかなど検証の意味もふまえて、私は久しぶりにこの街と遊牧民の生活に触れてみるために今回の訪問に至ったのであった。

 

今回はたった数日間の滞在であったが、当時多くの皆さんの協力と援助を受け、地元の子供たちやボランティアの皆さんと作った施設が今もなお受けつがれ、さらに発展していることが確認できた。

またそれと同時に、この都市の当時と変わらない、良きところ悪しきところ、当時と変わった良きところ、悪しきところを垣間見ることができたような気がした。

 そしてこの訪問の終盤に、都市を一望できるザイサンの丘にのぼり、10年前の風景と重ね合わせて都市を眺めていた。

 

 

 

これが10年前にみたザイサンの丘からの風景である。

 

そしてこれが今の風景である。

 

 

10年経ってこの地に立つと、いろんなところが変わってきているのに気付いた。

 

都市には多くのビルが建設され、小高い丘には住居がひしめき合っている。このザイサンの丘のふもとにも、視界を遮るかのような商業施設や、購入には1億円をはるかに超える高級住宅街が建築ラッシュを迎えている。

 

市街地は高級車が多く走り、スーパーブランドの出店やホテルや飲食店、スーパーマーケットも多くできて、都市化が進んでいる。

 

 

そのためか恒常的な交通渋滞や環境汚染も以前より深刻になってきているのもわかる。恐らく貧富の差も広がっているのではないかと思う。

 

私は、近代化が進むことには良いところは多くあるが、それでも必ず守らなければならない自然や風土、景観がある。私はこの都市がもっと近代化が進んだ時に、きっと失われたものの尊さに気づき、後悔をするのではないかと思う。そうならないためにも古き良きモンゴルの自然、文化を守っていってほしいと切に思った。

 

 

そして最後に私がモンゴル遊牧民の生活において気づかされたことなどを書かせていただき、長々続いたモンゴル訪問記を締めさせていただきたい。

 

モンゴルの草原で暮らす遊牧民には、学校や病院、警察もない。さらに厳しい大自然の中での生活でありながらも、周りの人に囲まれ、笑顔を絶やさないお年寄りの姿がある。
それに比べ日本では、街にはバリアフリーが多く導入され、デイケアなどの老人介護施設が多く建設されているものの、街での生活に不自由しているお年寄りが多くいる。

 

これは何が違うのだろうか?

 

私には今の日本は、お金をかけ、設備や施設を用意し、それでことを終えたような気がしている人が多くいるのではないか、それで自己満足しているのではないかと感じてならない。

 

私は、物を作り与えるだけではなく、お年寄りを敬い、困った人を助ける、人としての当たり前の心を持ち、互いが思いやりの心をもって生きていかなければならないことをモンゴルの遊牧民から教えられた。

 

そして本当に大切なものは、お金や物ではなく、人を愛する心、愛し続けることできるかということだと思う。

 

 

私自身、今まで目先の欲にとらわれてしまい、道をそれてしまいそうになったこともある。またこれからもそのようなこともあるかもしれない。でもその時に、ここでの学びを思い出して、あらためて自らを見つめ直し、本来の人としてのあるべき姿に立ち戻り、多くの人と手を携えながら生きていかなければならないと確信する。

そして最後に・・・

 

人は文明という偽りの正義の名のもとに、自分たちの都合で地球を破壊していっているのではないだろうか?またそれらが本来は過ちであるということに気づいていながら、その文明の居心地のよさから離れられず、自然をないがしろにし続けているのではないだろうか?

 

私はその警告が、近年の大震災であったり、今回の大島や広島など各地での大水害であったりするのではないかと考える。

 

同じようなことを繰り返されぬように、地球を愛し、自然を愛し、人を愛し続けていく心が必要であり、今こそ人類はそれらを行動として求められているのではないかと感じてならない。

 

 

 

相変わらず稚拙であり、乱文のため、読みづらく、意味も理解しがたいであろうに関わらず、その辺をご理解いただき、最後までお読みいただける皆様の心に感謝いたします。ありがとうございました。

 

 

27日の朝、たどたどしい英語でカウンターに行き尋ねると、私が乗るCA953北京発福岡行は、やはり北京で国内線に乗り換え、そして大連に向かい、またそこから出国手続きをして国際線に乗り継ぎ福岡に行くとのことだった。

 

この便は大連経由と知っている人は全然問題ないことなのだが、北京からトランジットで日本と思いこんでいる私には、何ら事前告知もなかったので、かなり焦ってしまった。
今振り返るとカウンターであなたの乗る飛行機は国内線と言われ、何で日本へ帰るのに国内線に行かなければならないのだ。私は国際線に乗るんだと言い張った自分が少し恥ずかしく感じてきた。そして自分の先入観と、焦ったときの平常心のなさ、さらに会話力の低さをまじまじと感じさせられたのだった。

 

そのようにして、北京を出発し大連に到着すると、飛行機の出口間もないところから、そのまま到着ゲートに向かう人と、福岡に行く人に振り分けをされた。

 


写真のような紫色の通行手形のようなものを手渡され、簡易な出国審査を終え、階段を昇ればそこは出発ゲートであった。そして少しの時間休憩をして、福岡行の飛行機に乗り込んだ。

 

 

乗り込み大連空港を飛び立ち、約2時間後福岡空港に到着した。

 

そしてやっと食事をとり、ラウンジでPCに向かい仕事をし、再び伊丹行の飛行機に乗り込んだ。
 

 

そうして約1時間で伊丹空港に到着した。

 

直行便だったらウランバートル~大阪は約4時間。

 

今回はウランバートル~北京~大連~福岡~伊丹約24時間かけての到着となった。それも、遠回りしたわけではなくほぼ直線に近い形での乗り継ぎなのにこのようになってしまった。

 

ただこの短い区間にも関わらず時間をかけて帰国したが悪いことばかりではなかった。おかげで経験値も高まった。さらにアタフタしている私を友人が激励やアドバイスをしてくれて、何とかクリアできた。本当にありがたいことが多くあった。

 

またこの路線を使うかどうかは微妙だけども、ウランバートルには必ずまた行くことになる。もし同じ行程の場合は、ゆったりした気持ちで同じ経路を笑いながらたどってみたいものだと思った。

 

さ~とりあえず無事帰れた。さて明日の資料作りを頑張ります。


これでモンゴル訪問記は終わりです。

 

前回にも書きましたが、モンゴルを訪れ感じたことはまたブログアップしますね。

 

皆さん。見ていただきありがとうございました。

 

いよいよ今日が最終日。珍しく雨が降っている。朝の待ち合わせうまく時間が合わなかったり、激しい渋滞に巻き込まれたりなど、中々うまく動けなかったが、何とか視察を終え、今回のもう一つの目的の手がかりは何とかつかむことができた。また内容が伝えられないものもあり、もう少し具体化してきたら皆さんにも報告をしたいと思っている。

 そうこうしているうちに、気が付けばお昼をまわっていたので、パートナーと一緒に最後の食事をとることにした。



 羊のスープに、モンゴル焼うどん。正直私は羊肉が苦手なので、抵抗が少しあるのだがせっかくなので最後のしめはこれにした。

 最近ではウランバートルでは、コリアンでも和食でも何でも食べることができる。おまけに少し創作っぽいイタリアン風のモンゴル料理もできてきたらしい。
 

さらに以前は百貨店のようなものがあるぐらいだったか、今ではヴィトンやボッテガなどの直営店もできている。スーパーも多くできていた。

 またいろんな施設の建設も進んでいて、確かに街は近代化してきている。ただすべてが喜ばしいこととはみんなが思っているわけではない。この辺のことについては、またまとめて感じたことをかければと思っています。

 

食事を終えると、飛行機の出発2時間前だったので、空港へと向かうことにした。そして途中線路を渡った時に、ふと思うことがあった。



 そして出発前だがパートナーに最後に行きたいことがあるとお願いして、ウランバートル駅に連れて行ってもらった。




 

この路線は大瀧詠一の歌「さらばシベリア鉄道」の影響か以前から一度乗ってみたいと興味津々だったシベリア鉄道であり、運が良いことに1日1本ぐらいの列車が止まっていた。

 

 

本当は路線で北京やモスクワに向けて乗ってみたいのだが、そこまでの時間は私には到底無いので、せめて食堂車だけでも見学させてほしいとお願いしてみた。最初はかなり抵抗されたが何とかお願いして停車中のしばらくの間乗せてもらうことができた。



 おまけに乗務員さんに一緒に記念写真をお願いしてもらったが一人目は、あっさり断られた。でもせっかくなので、もう一人の乗務員さんにパートナーがお願いしてくれた。

 

その時、パートナーがお願いしたのが、「日本からやってきて記念に写真を撮りたいと言っているのでぜひお願いします」と。そして乗務員は「イケメンの日本人ならいい」と・・・

 

そこで私が登場したら乗務員は開口一番「この人日本人じゃない!!!」って。それでも何とか一緒に写真を撮っていただけました。乗務員さんありがとう。

 

 

そうして北京からウランバートルを経てモスクワまで約5泊の旅をいつか完走してみたいと強く思い、駅を後にして空港へと急いだ。

 

少し話を戻すが10年前もだが私はカザフスタン人に似ているとかよく言われたのだが、今回は似ているというレベルではなく、当たり前のようにカザフスタン人か内モンゴル人と思われていた。それも日本人旅行者や、モンゴルの多くの人にも・・・。 喜ばしいことかどうかは微妙であったが、視察の際は少し役に立ったかもでした。()

そして出発の1時間前に空港に到着。この数日間パートナーを務めてくれたハグワ氏と再会の約束と握手を交わし、ここで別れて空港内へと私は進んでいった。

 

しばらくして出発時間となり経由地北京へと向かった。

 

機内ではまたあのサンドウィッチが出てきて、さすがに今回は手をつけられなかった。

 

そして約2時間北京国際空港へ到着した。出発は翌朝のため北京での1泊になる。ただそのためだけに市内に出ても、いろんな面でマイナスが多いのと、たまっている仕事も進めたいので、空港内の有料ラウンジを高校時代の親友に手配をしていただき泊まる予定。

 

そのため、入国せずにトランジットをしようとしたら、ここからは入れないのでと別ルートを案内され、言われるままに進んで行った。そして最終的に出国してしまうことになってしまった。
そして仕方がないのであらために出国しようとしたら、あなたは国内線だから出国できないとのこと。結局語学力の乏しい私とっては、北京から福岡だから国際線でしょ?と何度も押し問答。そしてどうしても理解ができないので、私の高校時代からの親友の同僚が中国にいるのでホットラインで助けていただいた。彼の話によると私が乗る飛行機は大連経由なので、国内線で大連へ行き、そこから福岡に行けとのこと。
尚更私は理解に苦しんだ。急に変更になったのかもしれないが、それならチェックインの時に行って欲しいし、それが通常ならチケット発行時に行って欲しかった。

私のeチケットとボーディングパスがこれ。ここのどこに大連経由とか国内線で移動とかが書いてあるのか?何でこんなことになっているのかもよくわからず、相手の話す言葉もよく理解できずにバタバタし食事もできず、やっと先ほどソファーラウンジまでたどり着いた。

そして今このブログを不安に包まれながら書いています。

本当に明日、語学力のない私は帰れるのであろうか???

明日無事帰れましたら、モンゴルで思ったことなどのまとめを後日アップさせていただきますのでしばしお時間を下さいませ。

ではでは。

とりあえず明日に備えて仮眠します。おやすみなさい。

今日は朝から前回、モンゴル マンホールチルドレンの現況などの社会問題などをミッションメンバーにレクチャーしていただき、大変お世話になったワールドビジョン モンゴルに、前回のお礼と、作った施設の現況の報告に訪問した。

事務所の移動などもあり、アポなしでの訪問になったが、気持ちよく応対をしていただき、ディスカッションさせていただいた。

私は10年前にくらべマンホールチルドレンは減少したと聞いていた。ただなぜ減少したのかということに、色んな憶測が流れているのが気になっていた。その説明はワールドビジョンさんの報告では5か所しかなかったマンホールチルドレンなどの子供の収容施設が30か所になり減少したとのこと。地元に人によれば、全てがそのおかげではなくて、もっと違うことを言うひともいるが、それはあまりにも恐ろしいことなので、そう考えずに、またそうでないことを願っていたいと思っている。

このようなことや現況などを聞かせていただき、市内や遊牧民の子供たちの教育の話もさせていただいた。ここではわずかな時間でしかなかったのだが、お話をさせていただいたことはとても有意義であり、10年越しのお礼も伝えることができたので胸をなでおろすことができた。

そして最後に、このモンゴルは安心安全な食べ物の確保も容易ではない状況でもあるが、私は花き業界に携わるものとして、花きを通じてモンゴルにできることをお互いに考えていきたいという言葉を残し、再会を約束して事務所を後にした。

そしてその後、食事を済ませ、ナラントール ザハ(市場)を訪れた。

駐車場もまるでルールがあるような無いような状況で車を停めるにもひと苦労する。

ここナラントールザハは、モンゴルで一番大きなザハで食品や家庭用品など衣食住に関わる全てのものが売られていて、生活を実体験できる場所でもある。このザハも以前に比べ、かなり大きくなり、混雑状況も半端ではない。当然どこの国にいってもこういう施設では、犯罪も起きやすく、基本慣れない日本人には正直危険なのでおすすめはできない。現に私が行った時も、目の前でスリが捕えられ連行されたり、壮絶な取っ組み合いのケンカで血を流したりしているものもいた。そんな状況を見て草原とのギャップにおどろかされ、草原の美しさが消えてしまいそうになるからだ。


しかしモンゴル ウランバートルの現状を受け入れたうえで、モンゴルの素晴らしさを感じられるのであれば、一度は行っていただきたいところでもある。

ちなみにこのように花も売られていた。良い品質とは到底言えないが・・・

しばらくザハ内を歩き回ったのだがさすがの私も、人ごみに圧倒されたので、長い時間を費やすことなく移動をした。

そうしてホテル近くをめざしたが、またもやあまりにもひどい交通渋滞。街角にはヒッチハイクのように、車に乗せてくれという人たちが多いため、尚更道が混む。

モンゴルでもタクシーは当然走ってはいるのだが、日本でいう白タクも合法であるらしいので、手っ取り早く普通に走っている車をヒッチハイクのように停めるのである。ちなみに料金は1kmあたり約60円とのことである。さすがにこれも私は未体験である・・・。

そんな渋滞を避け、ウランバートルが一望できるザイサンの丘へ行くことにした。

実はこの丘も、私の今の仕事においてとても重要な意味を持つ場所である。10年前にこの場所から、ある人に国際電話を掛けたことから、今のビジネスがあるといっても過言ではないかもしれないほど、私にとって意義深い場所ある。そしてその時のことを思い出しながら、長い階段を上り下りした。

そしてホテルへ。そのころには日も落ちかけていた。モンゴルのこの時期の日没は20時30分ぐらいなので、それから現地パートナーと食事や打ち合わせ、またもや思い出話をしていたら、夜中になってしまった。

さ~明日は、少し仕事の視察もあるので資料をそろえておかなければ・・・。尻切れトンボのようなブログになってごめんなさいですが、完全電池切れのためごめんなさい。

そしておやすみなさい。