四代目又右衛門の頭の中を書いたブログ

MATAEMON'S THINKING BLOG

2016.09.24

カナダからの素敵なお嬢さんとのお別れ。

今日は、朝から地元宝塚山本の方々と、新しいことに取り組むためのアドバイスをいただくのに、バタバタと走り回っていた。

また明日の出国を控え、多くのことを残しながらであったため、尚更バタバタであったが、今この時にこそ、やらなければならないこともあり、時間との戦いであった。

 

そして夜の食事を済ませ、何とか出発のパッキングを終え、夜遅くパソコンに向かっていると、カナダからホームステイで来ているジュエルさんが、私のところに来て、一通の手紙を差し出した。

 

彼女は101日を最後に、我が家から、次のホームステイ先へと引っ越しになる。そして私が明日早朝に出国するので、実質私とは今晩でお別れになってしまう。そのため、学んだ日本語で私への手紙を書いてくれ、手渡してくれたのである。

私は、彼女の前でその手紙を開くのが、何だか照れ臭く、カバンの中にそっとしまい込み、

お互いがぎこちない日本語と英語が混じりあいながら、シャイな者同志、紅潮した顔で、別れの挨拶をさせていただいた。

そして、ほんの1,2時間の仮眠のあと、私が出発のために早朝に起床し、その時に彼女からの手紙を読ませてもらった。

そこには私たちへの色んな感謝の気持ちが綴られていたが、「日本でのお父さん。大好き。」という言葉と一生懸命学んだ日本語で書き綴った手紙には、こみあげてくるものがあった。

 

さらに、その手紙の中に、私へのプレゼントとして、写真にあるカナダのステッカーを入れてくれていた。

 

 

私は、すぐそのステッカー貼るのはどこがいいか考え、そしてここしかないと思い、貼りながら、こみあげてくるものを強く感じていた。

 

 

彼女がいる5か月ぐらいの間に、ヨーロッパ3回、オーストラリア2回、アジア、日本中を走り回り、忙しそうに、いつものスーツケースを持ち歩く、私の姿が彼女の眼にはどのように映ったかはわからないが、とても印象的であったのかもしれない。

 

私は、彼女がホームステイしている間に、一緒に食事や買い物に出かけたり、時間の合間を縫って京都や神戸に出かけたりしたが、他の家族のものは別として、正直、留守がちな私は、父親としては十分なことはしてあげられなかったのではないかと思う。

 

でも彼女が残してくれたメッセージは、日本語も英語も苦手な私の身振り手振りの会話を受け入れてくれたのかなと感じ、短い間であったが一つ屋根の下で一緒に暮らした、その時間をとても愛おしく感じさせてくれた。

 



私は、そんな思いに浸りながら、彼女の眠る部屋に向かって、「ありがとう。またいつでも来るんだよ。日本のお父さんは待っているね。」「頑張って約束は守るね。」とそっと言葉を残し、いつものように旅を始めた。

 

さ~~。涙を拭いて、眼を見開いて、又右衛門は、植物の声を聞きに出かけます~~~。

 

想いがいっぱいのスーツケースを抱えて・・・。

新たな出逢いに向けて・・・・。